「…随分と趣を変えたようですね」
ヒッサァはあたりを見回し、かつてのダークドレアムの居城との歴然とした違いに戸惑う。
朝飯を終えて気合も充分、工房へ戻った三人は、早速ロマンの完成させたブ以下略を起動し、アレスとヒッサァの二人で敵の本丸に潜り込んだのだ。
道標となったのは、工房へ持ち込んだ幻灯機の中身。彼らは知る由もないが、それは大魔王マデサゴーラがトーマを使役し破壊した、神の緋石の破片だった。
悪しき目的の為汚されてしまっていたが、工房のクリーナーにより魔瘴や呪いを取り除かれ、本来の目的を果たすが如く、悪夢の世界へ侵攻する二人を導くと同時に、空間に満ちる強力な呪いから護ってくれた。
あるいはそれは、かつて心ならずも緋石を砕いてしまった、ロマンの親友、トーマの導きだったのかもしれない。
「あそこに見えるのはグランゼドーラの見張り台のようだが…とするとここは海上?」
「ふむ、かつて、レンダーシアを苛烈に攻めた不死の魔王、ネロドスの城はグランゼドーラ領近くの洋上に存在したと聞きます。大陸に刻まれた悪夢を利用したのでしょう。そう考えれば、およそ彼奴には相応しい居城かもしれません」
違いないと頷くアレス。
確かに、以前ダークドレアムと対峙した悪夢の世界、荘厳な城下町を擁するものの、その全てが眠りについている白亜の空間は、言い知れぬ不気味さをたたえていたが、あまねく悪夢を束ねる存在には些か整いすぎていた。
おどろおどろしいこの魔城こそ、相応しく思える。
「長居は無用、天守閣へ急ごう」
「了解です!」
現実の世界では、アレスとヒッサァの意識をこの空間にとどめるため、ブ以下略にドルセリンと魔力の注入ならびに制御をほぼ完徹中のロマンが続けている。
一分一秒でも早く休ませてやるためにも、先を急ぐアレスとヒッサァであった。
「…静かだな」
「ああ、誰もいないみたいだ」
「恐らく、破られる事を想定していないのでしょう。舐められたものですが、障害が無いのは有り難い。何せ我々、結構ジリ貧ですからねぇ」
爆薬を使い果たしたマージンに、魔力の尽きたフツキ、そして脳筋シャナクで消耗したブラオバウム。
なけなしの体力くらいはせめて温存しておきたい彼らにとっては、実に好都合である。
「とはいえ、流石に少々まどろっこしいですね」
廊下は何度も行き止まり、その度に壁を破壊し先へと進む。
真っ直ぐ進んでいるのだが、通風孔からわずかに覗く景色を見るに、着実に上層へと向かっているようではある。
「マージンさん、フツキさん、少々下がっていてください」
らちをあけようと、ブラオバウムが魔法合成の構えをとる。
「…伝承には魔力を極めたメラゾーマが不死鳥を象ったなどという逸話もありますが、やはり我々冒険者といえばドラゴンでしょう」
右手にメラガイアー、左手にギラグレイド。
果たして溶け合った獄炎の魔力は、しんりゅうの姿を成し、壁を気にせず一直線に飛び抜ける。
「…!ヒッサァ、危ないっ!!」
アレスは見知った魔力の波動を感じ、咄嗟に先を行くヒッサァの腕をギリギリ掴んで引き寄せた。
二人の目と鼻の先を、牙剥く炎の竜が壁をぶち抜き横から現れて、通り過ぎていく。
溶解し赤く光る穴から覗き込んだ先、連なる赤円の折り重なった遥か向こうでは、朗らかな笑みを浮かべるブラオバウムが再会を喜び笑顔で手を振っているのであった。
続く