「バウムさん、そちら3人だけでも、帰還は可能か!?」
珍しく冷静を欠いて、アレスはブラオバウムに尋ねる。
「先程の部屋に戻ればあるいは。やってみましょう」「…あら?組んだばかりで即解散かい?」
「迂闊。敵の狙いを見誤った。まだ、ダークドレアムの復活前であれば、少人数でも叩けると踏んだ。しかし、恐らく奴は既に復活を遂げている。一連の事件、目的は…」
「…そう、真なるアストルティアへ顕現するための、回廊をつくることだ」
「「…っ!!」」
アレスとヒッサァにとっては懐かしい、しかし二度と聞くことはない筈の声が唐突に耳朶をうつ。
同時に、溶剤をぶち撒けられた絵画のように、あたりがデロデロに溶けて果てる。
創り変えられ現れた、さながら謁見の間のような不気味な広間。
王の代わりに鎮座するは、赤い液体に満たされた巨大なガラスの柱。
そこに付き従うたった一人の重臣の姿は、アレスとヒッサァにとって因縁浅からぬあの男と瓜二つであった。
「何故貴様が!?」
「バズレッド!貴方は滅した筈…!」
偽りのバズレッドは二人のリアクションに少し首を傾げる。
「…なるほど、面白い。これも奇縁というものか。真なる我を討ち果たした者達が、我が目的の最後のピースを埋めるとは」
意味が伝わるかどうかなど気にも留めず、偽りのバズレッドは続ける。
その会話の隙にブラオバウムはぐるりとあたりに目を配るが、牢屋のごとく骨で出来た格子が部屋全体を取り囲み、出口らしきものは見受けられない。
感覚を研ぎ澄まし見やれば、丁寧に呪文反射の魔力の波動が床も天井も覆い尽くしている。
「大魔王からは逃げれない…と言うやつですか」
背筋を濡らす冷や汗を感じつつ、ブラオバウムは独り言つ。
「大魔王マデサゴーラの創りし偽りのレンダーシア。そこに住まう偽者達の悪夢を吸いて産まれし我が魔神は、残念ながらやはり偽りの存在でしかない。真なる世界に顕現するため、僅かな綻びから送り込みし幻灯機を通して、真なる世界と我が魔神の繋がりは確かなものとなった」
あらましを語る偽りのバズレッドの背後で、ビタリと4つの白き掌がガラス管に貼り付き浮かび上がる。
指先にぐぐと力がこもり、ビシリと亀裂が走っていく。
「間もなく紅衣の悪夢団が貴様らの造った幻灯機を手に入れる事だろう。仕上げに貴様らの骸を取り込み、真なる世界への架け橋を盤石とせん」
マデサゴーラの遺した模造品の幻灯機では、偽りのダークドレアムを転移させる出力を獲られない。
故に細々と、真なる世界の民に偽りのダークドレアムの恐怖を植え付け足掛りとし、やがて現出するに足るゲートを成すという、気の長い計画を選ぶ他無かった。
しかし唐突に真の世界から結ばれた太い回廊。
アレスとヒッサァを送り込んだロマンの手による幻灯機は、まさに偽りのバズレッドが望んだ要件を満たす。
「感謝するぞ。お陰で随分とこのくだらぬ世界の終わりは早まった」
ついにはガラスを突き破り、飛び出した腕が偽りのバズレッドを鷲掴み、手繰り寄せる。
爆ぜるようにガラスの柱が砕け散り、溢れ返った赤い霧の中から、邪神と融合した偽りのバズレッドの声が続いて響く。
「褒美に悪夢のなれの果てを見せてやろう。平伏せよ。我こそ究極の邪神、マジェスドレアムである」
姿こそダークドレアムと酷似しているが、白き鎧に灰色の肌、そして決定的に異なる4本の腕それぞれに歪な魔剣を携え、魔神はついにその姿を顕にしたのであった。
続く