今作は蒼天のソウラ、誌上連載に基づいて作成しております。単行本未収録の展開の先を含みますので、予めご了承下さいませ。
◇◇◇
大きなクエストが、終わった。
「おっちゃん、一舟ちょうだい!」
一仕事終えた帰り道、ふらりと立ち寄った縁日でのきを連ねる屋台の中にたこ焼き屋を見つけたいももちは、駆け寄ると間髪入れずに注文を飛ばす。
「あいよ、お待ち」
やや背の低いドワーフの店主は、鉄板の上で温められている中からひょいひょいと拾い上げ、注文の品を手早く整える。
「ありがと~!」
竹の皮で拵えた舟に、8個のたこ焼きが行儀良く並ぶ。
アストルティアの地図、その中央、縦に真っ直ぐ線を引いて西側の地域では、生地がふんわりしており、仕上がりも全体がバブルスライムのようにとろけて柔らかいのに対し、東側の地域では油をたっぷり敷いて焼き上げる事で、その外観はオーブのようにしっかりと球体を保ち、それでいて中はトロトロな仕上がりと、ひとえにたこ焼きと言っても地域によって特色が出る。
はたしていももちの手にあるたこ焼きはといえば、まず見た目は東寄り、しっかりと球を形どっている。
盛大に湯気を立てるたこ焼きを一つ、突き立った爪楊枝で口に放り込んで、ハフハフ冷ましながら味わう。
グレンの大地のように見事に染まった紅生姜と、ツスクル地方で栽培されているシャキシャキの青ネギが微塵に刻まれ混ざりあった生地は、東西どちらの陣営の特徴にも該当せず、中までミチッと固く焼き上げられている。
紅生姜の刺激に加え、ふんだんに練り込まれた鰹節が濃厚に香り、ソースやマヨネーズなどが一切かかっていなくとも箸が進む。
これぞ、東にも西にも属さない、出店のたこ焼きである。
「いちち…アイツ、思いっきりやってくれちゃって…」
2個、3個と口に運ぶ際、擦りむいた足の裏に軽く痛みが走り悪態をつくが、言葉に反していももちの顔には笑みが浮かんでいた。
その傷の発端。
「にぃ~し~、いももちの~ヤァマ~…」
ソウラパーティーの知恵袋、頼れる頭脳派ドワーフのギブによる仰々しいアナウンスが鳴り響き、ワッと冒険者たちから歓声があがる。
羽織を脱ぎ上半身を晒したいももちは、笑顔で両手を振りこたえた。
「ひが~ぁしぃ~、ゴオウの~ウ~ミ~」
いももちに対し、ゴキゴキと首を鳴らし、悠然とウォーミングアップを行うは、ドワーフにあるまじき巨漢、その実は、太陰の一族の幹部である大狛犬、ゴオウである。
今度は逆サイド、イシュマリク配下の魔物たちがやんややんやと応援の声を送る。
急拵えの土俵で両者が見合う、その少し前。
やがて太陰の一族の一時隠遁の地となる山の奥地へと続く浜辺に、いももちの絶叫が響き渡っていた。
「ウソつき!!後でたっぷり 遊んでくれるって言ったじゃん!!約束したじゃん!!!」
いももちが駄々を捏ねてしがみついているのは、赤黒い丸太のような、太ましい二の腕。
「いやお前、あれは言葉のあやっていうかだな…」
生還したとはいえ傷浅くない主のこともあり、一刻も早く落ち着きたい最中の出来事に、ゴオウはただただ困惑するばかりである。
「やだやだ!あそぼ~よ~ッ!!!」
「おいライセン、何とかしてくれ」
交渉事は不得手なゴオウ、たまらず友に助けを求める。
「…そも、我等は恩寵を頂いていなくば、本来虜囚の身だ。逆らえる道理がない。それに、約束したのだろう。相手をするのが礼儀というもの」
しかしゴオウと同じく太陰の一族の幹部であるライセンは、淡々と正論をとき、助けを求めたゴオウを突き放す。
「お前まで…!他人事だと思って気楽に言いやがる!!」
「まあそう腐るな。ほれ、お前の好きなアレあたり、ちょうど良いのではないか?」
ヒゲに隠されたライセンの口元は、やましい企みに歪んでいた。
その笑みは誰の目に見えずとも、長年共に戦った悪友の意図を、ゴオウは正確に汲みとった。
「…そりゃあいい。よし坊主、遊んでやるぞ。ただし、内容はこっちで決めるが、いいよなァ?」
短時間で終わり、かつ、ゴオウにとって圧倒的に有利な、アレ。
「ホント!?やるやる、何でもいいよ!!!」
明らかに作為的な提案を、分かっていながら笑顔で受け入れるいももちであった。
続く