「しかしこうなれば宝探しどころじゃない。早く引き返そう」
「ああ、賛成だ」
クエスト失敗は痛いが、そんなことを言っていられる場合でもない。
満場一致で進路を変更し、一路、地上へと向かい進むガテリア号の船内。
各々に持ち場につき、重苦しいほどの静かな時間が流れる中、ブラオバウムは1人、メインルームを訪れていた。
「惜しい人を亡くしました。せめて安らかに…ん?」状況を保つ為、そのままにされているマージンの亡骸のそばに跪き、黙祷を捧げようとしたブラオバウムは、ふとマージンの右手が強く握り締められていることに気付く。
「…失礼」
爪が食い込み、血が滲むほどに握られ、硬直した指を一本ずつ広げていく。
「これは…」
明かされた掌には、血文字で描かれた真円。
ダイイングメッセージと見て間違いない。
そしてそれは、必ずこの場の誰かを指し示す鍵となるはずだ。
「円…円…丸………穴…穴…穴………ッ!そうか、覗き穴!」
これは、紛れもなく自分に宛てたメッセージだ。
「となると真犯人は…はっ!?」
かがんだ姿勢で思案に耽っていたブラオバウムは、背後に迫る黒い影の存在にギリギリまで気付けなかった。
唐突にブラオバウムの後頭部に走る衝撃、消え行く意識の狭間で何とか見上げた霞む視界に、僅かに赤い髪が映るのだった。
「…っていう夢を見たのよ」
昼下がりのプクリポリタン劇場近くの喫茶室。
「それはまた何とも珍妙な夢ね…。旦那さんが被害者ってのが、とってもティーちゃんらしいわ」
まるで大輪のひまわりの如く、テルルが朗らかに笑う。
「ちょっと待て、その流れ、私が真犯人なんじゃないのか!?」
危うくカップを取りこぼしそうになりながら、セ~クスィ~はつっこみを入れた。
大きく揺れたカップの水面から、牛乳で煮出された豊かなダージリンの香りが漂う。
すっかり親睦を深めたティード、テルル、セ~クスィ~のオーガ三人組はこうして定期的に集まっては、他愛のない憩いのひとときを過ごしていた。
「動機はアズランの浴場で覗き行為に及ぼうとして何度も緊急出動させられた恨み、とか?」
テルルは勝手に話を膨らませながら、雲のようにふんわりとしたシフォンケーキをフォークで小さく切り取り、添えられたレモンがほんのり香るクリームをのせて、口へと運ぶ。
「ならばこれ以上、犯行は続かないわけだな」
別にただの夢の話なのだが、どうにも自分が登場しているとなり、しかも変な役回りともなると早めに話題を変えたくもなる。
「どうかしら?もしかしたらそのまま、隠滅のために潜水艇を沈めちゃうかも?」
「はっ!最初の潜水艇の故障もまさか…!?」
「………私は二人にどんなふうに見えているんだ、一体…」
日頃の言動をあらためる必要があるだろうか?
わりと真剣に悩み始めたセ~クスィ~とともに、楽しい時間は続くのであった。
~完~