「本当ですか!?」
偶発的にとはいえ、父ともパーティを組んだ事のある冒険者とのチームアップ。
断る理由などない。
「…あ、でも、報酬は」
願ってもないチャンスをもらった上、ゴールドまでもらうなど、そんなおこがましい真似はできない。
しかし、『要らないです』と続けようとしたハクトの言葉は、ヒッサァに遮られた。
「報酬はもちろん、五分と五分」
「いや、でもそれは…」
かつて同じように先達から機会を与えられたヒッサァには、今のハクトの戸惑いが手に取るように良く分かる。
ハクトの狼狽える様子にヒッサァの胸も痛むが、これは彼のために譲れない部分なのだ。
「君が報酬を受け取らないと言うならば、この話は無しだ」
ヒッサァの年齢からすれば失礼な表現だが、まさしく好々爺を絵に描いたような、にこやかな表情がこの瞬間だけはなりを潜めた。
これまでとは打って変わった重苦しい沈黙の時間が流れる。
ハクトは返答のできぬまま、気付けばグラスの中の気泡はすっかり消え果て、テーブルには結露の水溜りができていた。
「…幸いにも、と言うべきか。今受けているクエストは長引きそうでね。答えを急ぐ必要はない。連絡を待っているよ」
父親をさしおいて師匠ぶるというのなら、ちゃんと徹頭徹尾、厳しくするべきなのだろう。
しかし申し訳ないかな、それはヒッサァの性分には合わないのだ。
ハクトに時間の猶予と、一時の拠点としている宿の連絡番号を渡すと、優しく肩を一度ポンと叩き、支払いを済ませて店を離れる。
強い子だ。
目を見れば分かる。
報酬を受け取るということの真意に気付き、遠からず連絡をくれるだろう。
しかし、それを座してただ待つのもまた、性分に合わない。
重ねてクエストをこなす余裕もある、新たな依頼を求め、酒場を目指すヒッサァであった。
そして1人取り残されたハクトはじっとグラスを滑り落ちる水滴を見つめながら、自問自答を繰り返す。
報酬は五分。
それはまたすなわち、責任も五分ということだ。
そこまで思い至ったところでようやく、ハクトは報酬は要らないと言おうとした己のおこがましさに気付く。
自分は報酬を断ることで、依頼主に対する責任まで放棄しようとしてはいなかったか。
それは、『子供だから』、『一人前ではないから』、今まさに鬱々として、振り払いたいと思う扱いに自ら甘んじようとしていたことに他ならない。
「…情けない」
ハクトはヒッサァが立ち去るよりも前に、決意が固まらなかったことを恥じた。
グラスを引ったくるように掴み、残りを一気に流し込む。
すっかりただ甘ったるいレモン水に成り果てたレモンスカッシュで勢いをつけ、ヒッサァを追いかけるべく店を飛び出すハクトであった。
◇◇◇
れんごく蝶になった夢を見た。
しかし果たして、れんごく蝶になった夢を私が見ているのか、それとも、私になった夢をれんごく蝶が見ているのか。
目が覚めるたび、かつて神官の免許をとる際に履修した一節を思い出すようになったのは、いつからだっただろうか?
まだ夜も明けぬうちから小さな教会のシスター、イザベラはベッドから降りたつと、おかしな夢を見た時特有の気怠さを払うべく、鏡を前に金色の髪をくしでとかす。
なんのことはなく、鏡に映るのは当たり前にいつも通りの自分の姿だ。
まだ眠る孤児達を起こさぬよう気を付けながら外に出ると、井戸の水を汲み上げ、寝汗を拭った。
その頃になってようやく顔をのぞかせた太陽の、まだ鈍い明かりの中、教会まわりの落ち葉を竹箒で掻き集める。
枯れ葉を畑の肥料に転じるための大きなバケツに放り込んだ頃になると、流石に子供たちが起き始めた気配が漂う。
キッチンへ向かう道すがら、抱きついてきたウェディの子の頭を優しく撫でると、まだまどろみの中にいる寝坊助な子らを起こしてくるようお願いする。
自分と14人の子どもたちの朝食用に大きなパンを3センチ幅に切り分け、あわせてラクレットチーズと収穫したてのみずみずしいトマトを同じ枚数分スライスした。
フライパンで焼き上げ、カリカリの羽根をまとったチーズとトマトをワンセットでパンに載せ、バジルの葉を添えれば朝食の完成だ。
1人1人の皿に取り分け、牛乳のポットをテーブルに用意する。
わっと賑わう食堂を尻目に、イザベラは休むことなく昼御飯の下準備に取り掛かった。
間もなく、屋根の雨漏りの修理ノ為に、冒険者がやってくる。
ただでさえ、僅かな寄付と、神殿からの仕事によるクックルーの涙ほどの報酬では、教会兼孤児院の経営は火の車である。
今日の昼食は、そんな状況を鑑み、格安で依頼を引き受けてくれた冒険者へのせめてもの御礼も兼ねている。
奮発して購入したソーセージをメインの具材に、野菜たっぷりのポトフの調理を進めるイザベラであった。 続く