官吏のような整った服装に、サーベルに似た式典へも持ち出せそうな儀礼的な和刀。
しかしながら、冷笑を浮かべる顔面を除き金属に覆われた頭部に、服で隠れた胴へと続く金属フレーム仕掛けの首、そして何より屋敷の扉を切り飛ばした無礼は看過できない。
「学ばせて頂きに参りました。閂の外し方を知らず、些か強引で申し訳ありません」
それでいてお手本のように直角のお辞儀は、相対するいなりの調子を何とも狂わせる。
だがまあとにかく、こうにも剥き出しの殺気を向けられては、相手せざるを得まい。
常在戦場。
常に絶やさず抜き身の刃の如き集中を保っているいなりは、既に二刀を抜いて斬りかかっている。
「成る程、成る程」
腰溜めに刀をひかえつつも、ついぞ抜かずに闖入者であるシジマはいなりの斬撃を僅かな動きで見切った。
「あの方と九割九分九厘一致する太刀筋。勉強になります」
機械なのだろうから当たり前の話ではあるが、容赦なく斬り捨てるつもりの数太刀を汗一つなく躱した挙げ句のその言葉は侮蔑にしか聴こえない。
「礼儀正しいんだか無作法なんだか、どちらかにしてほしい。…気色の悪いったら」
一旦刀を引き、打開策を探る。
とにもかくにも、あの方、というのが引っ掛かる。
いなりの剣さばきは、憧れのあの人を参考にしたものだ。
先日、夜中に響き渡った剣戟。
カミハルムイ近くの桜並木道にて野営していたJB一味が、魔博士なる者の襲撃を受けたという話は、他ならぬかげろうから聞いていた。
それ以来、カミハルムイに付かず離れず、ずっと奇妙な気配が流離っているのは感じていたが、まさかその主が自らのもとを訪れるとは思いもよらなかった。
何にせよ、これは好機でもある。
ここで確実に仕留める。
さらに数段、いなりの集中力が研ぎ澄まされる。
相手はマシン系モンスター。
先程剣撃を躱されたのは、何処かでかげろうの太刀筋を学習したからであろう。
だとすれば、かげろうに憧れて研鑽した手は通じない。
本物を上回れると思うほど、いなりは自惚れてはいないのだ。
であれば、あの悪夢の狭間で。
かげろうからも讃えられた、あの一撃を、今一度。
「…!」
いなりの放つ気に押され、シジマもまた鯉口を切る。僅かにシジマの刃が姿を見せたその瞬間。
「なぁに、やっとんじゃ!!!」
唐突に割り込んだ声とともに、もはや見慣れた柄頭がシジマの頭頂部に突き刺さり、シジマは踏み潰されたカエルのように地へとつんのめった。
「…いえ、ですから、勉強をしております」
無様な姿勢で瞬きもせず、しかしその相貌に明らかな戸惑いを浮かべながら、シジマは突如割り込んだかげろうに答えた。
「あ~…あ~…そうくるか。う~ん…そうか~…」
何やら思い当たるフシがあるらしく、かげろうはバツが悪そうにポリポリと人差し指でこめかみをかく。
「…ああ、やっぱり」
何となく、悪気は無いのだろうが、今回もかげろうの持ち込み企画な気はしていた。
その予感は見事に的中したわけだ。
「手始めに、貴女がよく逢瀬を重ねている御仁を選んだのですが…」
確かに、いなりの誕生日の際にヤマとオスシ、いなりの二人の義妹とあらためて面を通したかげろうはそれなりの頻度で屋敷を訪れては、いなりの手料理を平らげて帰っていく。
その様子を見られていては、誤解もやむなしではあるが…。
「逢瀬言うな!」
立ち上がろうとするシジマの頭頂部に、次は赤面したいなりが柄頭による一撃を見舞う。
今度の一撃はようやく的確にシジマを捉え、再度地べたに這いつくばらせるのであった。
続く