「あぁ、ありがとう」
スーツを解いたハクトからタオルを受け取り、汗を拭う。
「どうですか、オーブの力は?」
「うん。想像以上だね。メリットも、デメリットも」懐から取り出したコントラクションオーブは、ヒッサァの魔力が枯渇した為に機能を停止していた。
「これがあれば、確かにあの厄介な氷を何とか出来る。だけど、燃費が悪過ぎだ。あと、効果は自他問わず。ジゴスパークを絞り出すのは本当に骨が折れたよ」自らの繰り出したジゴスパークの雷球までもが見る間にオーブによって減衰させられ、ハクトの技を受け切れるかどうか、肝を冷やされた。
「………むぅ。これは、なかなか難しい問題だな」
一度起動したら、使用者の魔力が空になるまでオーブは止まらない。
そんな中で更に、ハクトとの立ち合い同様、ジゴスパークなどの大技を繰り出さねばイルマと渡り合うことは出来ないだろう。
あの日のイルマの引き際。
圧倒的に優位な立場にも関わらず彼女が撤退した理由が、コントラクションオーブ同様に、エクステンドグローブの燃費の悪さなのであれば勝機は無くもない。しかし………。
「賭けてみるか」
腹をくくったヒッサァは、せめて気持ちだけでも疲れを吹き飛ばすように、勢いよく立ち上がる。
「準備したいものがある。今日はこれで解散としよう。また連絡するよ」
「はい、了解です」
ヒッサァと別れ、ドルバイクを駆ってメギストリスを目指す道すがら、ハクトは見覚えのある、しかし出来ればもうあまりお目にかかりたくないシルエットを目撃する。
通常では考えられない高高度を飛翔するマシンボード。
ハクトがそれに気付くことができたのは、彼が目聡いからでも何でもない。
そのドルボードは操舵する奇人同様に、パープルを基調としショッキングピンクとグリーンという毒々しいカラーリングに染め上げられ、青空の中で一際異彩を放っており、嫌でも目に強引に飛び込んでくる。
「…ケルビン!?」
かの悪趣味なマッドサイエンティストを、見間違えようはずもない。
関わり合いになりたくはないところだが、ケルビンの進行方向にはメギストリスがあり、そして、マシンボードの腹部にはダークボーンヘルムを被ったさまようよろいが懸架されている。
高高度飛行のみならず、一人乗りドルボードにそんな積載量を…などと感心している場合ではない。
ろくでもない目的を抱いていることは疑わないほうが難しかった。
既にチョッピ荒野も中程、引き返してヒッサァを探す時間はない。
幸い、自慢の剣には動力源たるギガボンバーを装填し終えている。
「よし!」
ドルバイクのグリップを強く握り直し、既に視界の片隅、米粒のような大きさになったケルビンを睨む。
彼我の巡航速度には大きな隔たりがあり、追い付くことが不可能なのは発見した時点でわかっている。
得られた情報の中で、ケルビンの目的を推測した。
ケルビンは夜中にこそこそ悪事を働くような姑息な性格ではないが、かと言って、さまようよろい一体という僅かな戦力で、白昼堂々メギストリスのど真ん中で騒ぎを起こすような無謀でもない。
母から教わった、追跡術の基本を思い起こす。
幸いにも、相手の姿を一瞥できたのだ、そこに答えは必ずある。
「…そうか!ケラウノス…!」
ハクトは親友ハクギンに突然出来た妹、フタバの携えていた槍を思い出す。
意志持つ武器たる彼の名はケラウノス。
基本設計をケルビンが行なった超兵器である。
そしてあの日、博覧会会場においてもケルビンはその名を口にしていた。
てっこうまじんは今運んでいるさまようよろいと同じく、ダークボーンヘルムをベースとした装置でケラウノスマークツーに操られる端末に過ぎないのだろう。目的は、あの日壁に突き立ったケラウノスマークツーの本体である剣の回収に違いない。
「間に合うか…?いや、間に合わせる!!」
イルマの氷が未だ溶けずに残り、現場の保全の観点からもそのまま維持されている会場に向けて、ブーストスイッチを押し込むハクトであった。
続く