ハクトがケラウノスマークツーと死闘を繰り広げた日の夜。
真夜中の教会を前にして、イルマは鉤爪のような三日月を見上げた。
当然ながら周りには誰もいない。
針金で鍵をこじ開け、教会へと踏み入ると、イルマは眼帯をずらす。
教会の中には、僅かな月の明かりは届かない。
そんな暗闇の中でも、普段から眼帯により闇に慣らしておいた左眼のおかげで危なげなくイルマは教会内を進んでいった。
その頃、やはり薄暗い窓辺から、頼りない月をイザベラは1人見上げていた。
昔から、新月が近付くと何か、胸騒ぎのような、落ち着かない気持ちに襲われる。
所以はわからない。
不安を拭う為に、それこそ入浴の時すら肌見放さず身につけている満月を模したアミュレットを強く握り締めた。
静まり返っている教会内を、イルマは尚も進む。
小さな教会だ、常駐のシスターはただ一人、それを除けば他は孤児達。
当然今の時間は寝静まっているだろう。
しかしそれにしても、人の気配が無さすぎはしないか。
不審に思いながらも2階へ上がり、目的の部屋の前に辿り着く。
子供たちが夜中に寝苦しさや怖い夢を見たなどで目を覚まし、自室を訪れることを想定してドアストッパーで大きく開いたままに止めた寝室の扉。
イルマは思い出の中と変わらぬ光景に胸を痛めつつ、中へと入ると、右拳を貫手に構えた。
たちまち氷が掌を覆い、氷刃を形成する。
まさにベッドに寝そべる人物へと振り下ろさんとした瞬間。
「…いかに扉が開きっぱなしであっても、ノック無しはどうかと思いますね」
「…!?」
ヒッサァの穏やかな声とともに、本来は置かれていないはずの鉱石ランプに灯がともった。
闇に慣らした左眼を閃光にさらされ、悶えるイルマに続けて語りかける。
「どうしても、わからないんですよ。これまで最大限、それこそ妨害者である私に対しても、大怪我をせぬよう気遣うような優しい貴女が、どうしてこの小さな教会のシスターを、イザベラさんを殺そうとなさるんです?」
「…これまで貴様が五体満足なのは、ただの幸運だということを分からせてやる」
問いには答えず、殺気立った獣のような瞳がヒッサァを射抜いた。
「…さてこればっかりは、ハクトくんを連れてくるわけにはいかなかったからな」
虎のような構えをとるイルマを前に、おきょうから託されたオーブを握る。
ヒッサァの力を吸い上げ、オーブは一瞬、起動の合図でもある仄蒼い霧のような揺らめく光を放つ。
「氷柱突き!!」
先の言葉に嘘偽りなく、完全にヒッサァを穿つつもりの一撃をイルマは繰り出した。
しかし、氷柱が膨れ上がるも一瞬、ヒッサァに辿り着く頃にはコントラクションオーブの効果によりすっかり氷が消え失せる。
「なるほど、なるほど。この篭手と対なるアイテムか。短期間で対策を用意してきたのは褒めてやる。だが…」
技を封じられたとて、イルマに動揺は欠片もない。
すっと身体を落とし、低い姿勢でヒッサァとの距離を詰めたイルマは、オーブによる減衰も構わず二撃、三撃と拳を放つ。
ヒャド系呪文の上乗せがなくとも、イルマの拳は鋭く、重い。
とはいえ、ここまでは予想の範疇。
クアドラピアーを握り、イルマの拳の受けに徹するヒッサァであった。
続く