嵐のような猛攻は尚も続いていた。
「どうしたどうした?動きが鈍いぞ」
「なんのなんの」
止め処無いイルマの拳をクアドラピアーで捌きながらも、ヒッサァは内心舌を打った。
想定する限り最悪のパターンだ。
「『氷拳』はもともと私が生命を繋ぐために身に付けたものだ。その莫大な魔法力消費を賄うため、私は常に無念無想を展開している」
つまりは、イルマの魔法力はほぼ無尽蔵。
先日の撤退は、今まさにヒッサァがコントラクションオーブで苦戦する魔法力消費の問題ではなく、単純にイルマの気まぐれであったわけだ。
「だからこの篭手にいくら魔法力を吸われようが問題無いが、そちらは随分と辛そうだな?」
それに対し、イルマが『氷拳』を使っていなくとも、ずるずるとヒッサァの魔法力はオーブに吸われている。
その状況下で、天地のかまえ、水流のかまえを絶え間無く展開し続け、何とか凌いでいた。
「ええ、それはもう。手加減して頂けますか?」
苦境を見抜かれるが、ヒッサァは笑みを崩さず表向きだけでもひょうひょうと演じてみせる。
「イザベラの居所を白状するならな」
「出来ない相談ですね」
「なら貴様が倒れるまで続けようか」
イルマの拳が更に勢いを増す。
そこに込められたイルマの狙い。
何とか散らそうとするヒッサァを嘲笑うように、クアドラピアーの同じ箇所に拳を集中させてくる。
(このままでは…!)
遂に真っ二つに圧し折られるクアドラピアー。
拳が行き過ぎ、ごく僅かにイルマの体勢が崩れるその刹那。
それを、ヒッサァもまた、狙っていた。
クアドラピアーの残骸を手放したヒッサァの全身から、目に見えるほどの炎の如き鮮烈な闘気が膨れ上がり、また一瞬にして右拳へと収束する。
凝縮された闘気が、鉱石ランプの灯りの中にあってなお太陽の如く眩く揺らめく。
それはまさに、ヒッサァの生命の炎であった。
『崩命拳!!!』
親指側を上に、縦に構えた拳を、腰溜めの姿勢から中段に勢い良く穿ち抜く。
殴るよりは突き通すような一撃は、なるほど槍使いであるヒッサァに相応しい。
「…っ!」
既にヒッサァの魔法力が尽きていることは、エクステンドグローブの手応えを通して感知していた。
それがまた、イルマの油断を誘った。
極限まで生命力を削り、まさしく絞り出した一撃はようやくイルマの鳩尾をとらえ、その身は矢の如くふっ飛び、窓を突き破って闇夜に消える。
「ああ、何てことだろう…今度は窓、直さないと…」全てを使い果たし、朦朧とする意識のなかで最後にそんな心配事を呟き、派手な音をたてて床に倒れ伏すヒッサァであった。
続く