「何故だ!?」
「いや、ですから…」
穏やかな昼下り、駅のホームで帰りの箱舟を待っていたウェディの青年ミサークは、メギストリスには不釣り合いな喧騒に目を向ける。
「足りているだろう!?」
「いや、これはその、ですから使えるお金じゃ…」
ミサークの視線の先では、メギストリスの駅員ポランクがそのつぶらな点目に困惑の色を浮かべ説明を続けていた。
怒っている、というよりは、どちらも困惑から声のボリュームが上がってしまっている感じである。
「やや、どったんすか?お姉さん」
放っておけば良い、とはならない所、ミサークもまた冒険者なのである。
「この駅員さんが私に切符を売ってくれなくてな。どうしても私はいち早く、ガタラに向かわなければならないんだ」
ミサーク自身、メギストリスを行き交う人々の中ではかなりの長身だが、それでも軽く見上げる高さのオーガの女性の瞳をまっすぐ見つめて話を聞いた。
その上で、ポランクの掌に乗る、女性が手渡したであろう数枚の硬貨に目を向ける。
(ふぅむ…なるほど)
事情は何となく察した。
ポランクの言葉は最もであるし、しかし、オーガの女性のエメラルドのような瞳にも、嘘は無いように思えた。
よほどの急用なのだろう、しきりに時間を気にしている。
であれば、ミサークは少々強引ながらも丸く納める手を提案した。
「オッケーオッケー、オレが立て替えますよ」
「いやしかしそれは申し訳が…」
「そうですよお客様…」
共にかしこまる女性とポランクを押し切ると、ミサークは自身の切符を手渡し、代わりに女性が払おうとしていた硬貨をポランクから受け取った。
「良いってことっす。ほら、箱舟、出発しちゃいますよ」
「すまない、本当にありがとう。故あって名乗りもせず立ち去るが、この恩はいつか必ず!!」
快活に手を振って、発車予告の汽笛の鳴る中、女性は箱舟に乗り込んでいった。
「…ん~?それにしても今のお姉さん、どっかで会った事があるような?初対面…だよなぁ…?」
駆けて行く後ろ姿は何処かミサークの記憶をくすぐるが、説明のつかない違和感が邪魔して答えに辿り着けない。
「お客様、よろしかったのですか?」
首を傾げ悩み続けるミサークに、迷惑をかけてしまったと恐る恐るポランクが尋ねる。
「いいのいいの、もしかしたらレアもんかもしれないし」
申し訳無く頭を下げるポランクに対しニコッと微笑むと、ベンチに戻り戦利品を光にかざす。
ポランクが困惑していおたのも無理はなく、見慣れたGの刻印の裏面には、ミサークの知識を持ってしても見覚えの無い王冠を被ったプクリポの印象が刻まれていた。
「玩具にしちゃよく出来てる…。ん~っ…まあ、肖像画と実物が掛け離れるなんてのはよくある話だけど…触った感じ、年代物でもないし…」
玩具としてゴールドを立体化する場合、誤認防止の為に刻印を変えるのはもちろん、材料にサイズや重さも必ず本物と違うと一目で判るものにしなければならない。
しかしこれはどうだ、材料もサイズも重さも、およそピッタリである。
よほど発行枚数の少ない記念硬貨の類か、はたまた、表に出せない代物か。
手に入れたワクワクの種にすっかり夢中になり、乗るべき方向の大地の箱舟を3本も見逃して、お使いの帰りを待つチームメイト、ウィンクルムの大目玉を喰らったミサークであった。
続く