「…この辺、だったか」
やがて目的の地、これと言って特徴のないありふれた岩肌を撫ぜるうち、ほんの僅か、肌触りの違う箇所を見つける。
そっと押せば一画が凹み、地下へと伸びる階段が姿を現した。
滅びに至るまでの内の、ごくごく僅かな間であったが、かのマッドサイエンティストですら、ドルブレイブと共闘する時間があった。
その時に明かされた情報がなければ、見つけることはけして出来なかったであろう。
地獄の底へと続くかのような、闇に包まれた階段の先を睨む。
ここからはより一層、時間との勝負だ。
「ドルセリン、チャージ!」
時間を越える旅の果てでも割れずに残ってくれたドルセリン管の一本をベルトに叩き込む。
「正義を貫く、情熱の炎!アカックブレイブ!!」
如何に隠密行動中であれ、口上を省くわけにはいかない。
宣誓とともに全身が赤い強化スーツに覆われ、その上に、足先から太ももまでを金色のレッグガード、胴体と前腕には、風になびく長髪とお揃いの濃紺のアーマーがまとわれる。
背中に金色の日輪が背負われ、最後に、不退転の覚悟をあらわす天使の如き光輪が頭上に輝いて、魔装展開が完了する。
再度の魔装展開で、もしや復調しないかと都合の良い期待を込めていた両腕の年代スカウターは沈黙を保ったままだが、致し方あるまい。
目的を果たせば済むこと、淡い期待を振り払い、闇へと飛び込むアカックブレイブであった。
「ああ…ギモーヴが食べたい…脳が糖分を欲している…パッションフルーツの酸味が効いた飛び切りのギモーヴを…」
天才とて、老いには勝てない。
特に昔と変わったのは睡眠に関する耐性だ。
昔はそれこそ一週間寝ずに研究・実験に打ち込むなどざらであったのだが、パトスの迸るままに偽ドルセリオンことドルバリオンの建造に励んだ結果、わずか3日で体力の限界を迎え、無機質なドッグ内の鋼鉄の床に大の字に寝そべって、やけに具体的な寝言を述べながら鼻提灯を拵えていた。
夢の中でマシュマロによく似つつも、フルーツの酸味がアクセントとして際立つ甘味を味わっていたケルビンは、突如鳴り響いた侵入警報に叩き起こされる。
「何だ何だ!?一体何が起こっ…ぶわっ!?」
上半身をやっと起こしたケルビンの上に、すっ飛ばされてきたケラウノスマーク2が直撃する。
「このポンコツめ…!!ろくに門番も出来んのか!まあいい、侵入者は何者だ!?」
ケルビンは自身との衝突でざんばらになったさまようよろいの頭を被ったまま、さまようよろいを操っていた剣ことケラウノスマーク2を叱責する。
露見を防ぐため、照明は必要最小限に絞られたドッグの中、コツコツとこちらに歩み寄る人物の顔は見えない。
だが、嫌というほど拝んだその真紅のスーツは、見間違いようがなかった。
「アカックブレイブ…だと!?何故ここが…どぅおわっ!?」
ケラウノスマーク2に続き今度は侵入者に頭を踏み付けられ、ケルビンは再び無様に地に伏せる。
「…ぐぬぬぬ…吾輩の天才的な頭脳に傷がついたらどうしてくれ…いや、おい!!…待て待て待て待て!!?」
暗闇の中に点灯する、二つの光。
血のような赤い瞳を輝かせ、ドルバリオンが鼓動を震わせる。
『グオオオォ!!!』
メンテナンス用のタラップを跳ね除け、巨躯が立ち上がった。
「何故起動コードを知っている!?」
ドルバリオンのエンジンに火を灯す為の15桁の文字列はつい昨晩に思いついたばかりで、ケルビンの頭の中を除けば、端書き一つ存在しないはずである。
「…クソっ!!」
何故この場所がバレたのか、何故ドルバリオンの起動コードを知られているのか。
答えを出すまでに5秒以上はかかる問は考えても意味がないというのが、ケルビンの信条である。
そういったケースでは大抵の場合、疑問を解決するよりもまず先に、やるべきことがあるからだ。
プクリポに合わせて低い位置に作られている緊急シャッターのボタンを乱暴にダンッと拳で押し込む。
行く手を阻むように閉まりゆく隔壁に対し、目覚めたばかりの巨人は物怖じせずドルレーサーが転じた右腕を振りかぶる。
「うむ…やはり回転ノコギリを搭載したのは素晴らしいアイディアであったが…こんな形で仇となるとは。…おのれ…おのれ、アカックブレイブゥ!!!私の最高傑作を、返せぇ!!!!!!」
隔壁は飴細工のように容易く切り刻まれ、破られてしまった。
外まで続く歪な切断面から、ケルビンの怨嗟の声が木霊するのであった。
続く