「…くっ、またか…」
座標は既に入力済み。
分離し、自動操縦に切り替えたドルバリオンを構成するドルボード群の先陣をきるマシンボード上で、アカックブレイブは過去へ来て既に何度目かの強烈な頭痛に苛まれ、たたらを踏んだ。
頭痛や目眩、色がおかしく見える視覚障害や、耳鳴りに幻聴。
時を渡ることで様々な体調の異常をきたす可能性は博士からレクチャーされていたが、その激しさは想像を遥かに超えていた。
だが、休んでいる暇はない。
未だ正確な年代は分からないままだが、ドルバリオンが完成しているということから逆算して、猶予はあまり残されていない。
その僅かな時間の間に、五大陸それぞれに一箇所ずつ点在するドルブレイブ基幹基地を強襲する必要がある。
基地と基地を結ぶ電子情報の網。
その目に見えぬネットワークの上にこそ、敵は潜んでいたのだから。
アカックブレイブが睨み付けた遥か砂塵の果て。
ゴブル砂漠地下の基地内で、接近警報を聞きながらネコギシは優雅にコーヒーを淹れていた。
巨大スクリーンには、砂を巻き上げて突き進む5台のドルボードが映し出されている。
マシンボードを中心に、2機のサイドカードルボードと、同じく2機のドルレーサーが矢じりの形に隊列を組んでいる。
『音紋照合…ケルビン製ドルボードエンジン5機を確認』
「ま~たお得意のポンコツメカのお出ましか?懲りないね、ケルビンも」
やれやれと流し見て、ぐびっと一口、濃い目のブラックコーヒーを口に含む。
「…ふむ?操縦士は…一人?本人ということはないわな。お得意の機械人形かな?報告にあったケラウノスマーク2とかいうやつだろうか?」
未だ砂塵に阻まれ顔の見えない相手の正体を探ろうと、更にコンソールを操作する。
『音紋照合…アカックブレイブ専用魔装ベルト』
「ぶふぅ…ッ…ゲホゲホっ…は、はあっ?」
コーヒーを吹き、間抜けな声を上げたネコギシをあざ笑うかのように、基地を激しい衝撃が襲う。
マシンボードから放たれたミサイルが着弾し、巻き上げられた砂の大地の中から基地の最外殻が顔を覗かせていた。
敵はどういう手品か、極めて正確に基地の位置情報を把握している。
加えて、ケルビンの手によるドルボードが暴かれたのと同様、機械の放つ固有の振動を測定し対象を割り出すおきょう博士のシステムに狂いはない。
まして、おきょう博士自身が開発したベルトなのだからなおさらだ。
そして、予備のベルトならいざ知らず、専用ベルトは本人でなければ魔装を展開できない。
つまりは、ようやくモニターに映る珍妙な髪色のリーダーは、まさしくセ~クスィ~本人ということになる。
「非常時に備えたスパルタ訓練…いや、流石にそんな訳ないか…じゃあ一体何やねん!!?」
未だ納得のいく理由を得られず混乱するネコギシをよそに、5台のドルボードが変容を遂げていく。
アカックブレイブが仁王立つマシンボードが一際高く浮き上がると二段に折れ曲がり、胴体と頭部を構成する。
サイドカードルボのライト部分を股関節とし、フロントが太腿、シート部分がふくらはぎ、補助席部分が被さるように脛を覆う装甲とつま先になり、左右それぞれの腕としてドルレーサーが雷光を散らしてドッキングした。
ドルセリオンに酷似しながらも、すっきりとした頬と尖った顎。
折り畳まれ胸部装甲となったジェットドルボードの前半分が形取る豊満な胸元。
ケルビンの手による漆黒の巨人、ドルバリオンがその姿をネコギシの前に晒した。
「…なんっつう悪趣味…」
鋼鉄のコンパニオンガールに悪態をつくのも束の間。後輪を肩とする右腕が回転ノコギリとなりけたたましい音を立てる傍ら、前輪を肩とする左腕は拳に当たる位置のマフラーが延伸し、持ち上げられたその4つの砲身からミサイルが放たれた。
先とは比べ物にならない激しい振動と爆音は、隔壁が破られたことを意味する。
兎にも角にも、未だ湯気を登らせるマグカップを放り投げ、愛機ドルダイバーを脇に抱えて迎撃に走り出すネコギシことダイダイックブレイブであった。
続く