「うむ。2時間ズレたか。まあそんなところだろう」ビーチチェアに寝そべって懐中時計を掌で遊ばせていたケルビンは、遥か上空に浮かんだ鮮緑の燐光を見留めるとパチンと時計の蓋を閉じた。
やがて燐光は拡がり円を成し、その中から蒼髪のオーガがまろび出て落下を始め、ちょうどケルビンのビーチチェアの隣に用意されていた巨大なトランポリンの上に落着した。
「やあやあ、アカックブレイブ。怪我は無いかね?なぁに、礼には及ばんよ」
「…不躾ですまないが、貴方は誰だ?」
ブレイブ1号と戦った時と同様、時渡りの後遺症か、意図せず再び転移したようだ。
先程は時間のブレは無かったように感じるが、今度はまだどうかわからない。
乾いた砂の香り。
どうやらドワチャッカ大陸に舞い戻ったらしい。
「おっと。どうやら吾輩に関しては随分と見た目も違うらしいな?良い。実に良いぞ。天才たるもの、非凡であってこそだ。流石は吾輩である」
常人にはよくわからない項目でケルビンは勝手に鼻を高くする。
気を良くしたケルビンはそのまま饒舌に仔細を語り始めた。
「バイタル、会話内容、位置情報、まとった魔装の仕様まで。貴様の全ては筒抜けだったのだ。一度でも現象をつぶさに観察すれば、時空跳躍の予測など容易い。…まあ、着地時間に関しては計算に狂いが出たが。スパンが長くなった。エネルギーが増大している。これは…いよいよ次にはこの時空から弾き出される予兆か?」
アカックブレイブを置き去りに、ブツブツと呟き、懐から取り出したペンでビーチチェアに何やら計算式を書き殴り始める。
やがて一通りケルビンが満足した頃には、数分が経過していた。
「…脱線したな。まあ気にするな、独り言だ。話を戻すぞ。くるぶしの辺りを見たまえ。貴様が吾輩を踏みつけていったとき、発信機を取り付けさせてもらった」
言われて手を伸ばせば、ダメージジーンズの裾にほんとに小さなボタンのような金属片が張り付いていた。「いつの間に…」
「おいおい、覚えていないかね?君はガタラ原野のドックにて、吾輩の頭を踏みつけドルバリオンを強奪していっただろう」
みなまで言われようとも、理解の追いつかない話というものはある。
アカックブレイブは反論に数秒を要した。
「貴様がドクトルKだと…!?助けてくれたことは感謝するが、冗談も大概にしてもらおう!」
髪型やファッションセンスの奇抜さと、やたらと癇に障る話し方は確かに身に覚えはあるが、アカックブレイブの知るドルバリオンの製作者にして、超駆動戦隊ドルブレイブの宿敵であるドクトルKは、ドワーフの小男である。
あの時は暗闇の中で、しかも頭にさまようよろいを被った状態であった為、ドクトルKの姿をはっきり確認はとれていなかったが、脚で踏まれたくらいでドワーフがプクリポに変容するはずもない。
「K、Kね。如何にも。冗~談ではない。吾輩はケルビン。ドクトルKなどという珍妙な名前ではない。加えて、超駆動戦隊ドルブレイブの構成員、自称改造人間はブレイブ1号ではなく2号であるし、君がケラウーノスと呼んだあの物干し竿の出来損ないはケラウノス、一向に幼児性の抜けない愚鈍な機械人形は39号ではなく28号という」
「な…にを…」
あらためて突き付けられる聴き覚えのない名前の羅列に、思考が鈍化する。
「…なあ?本当は、もうわかっているんだろう?」
丸い頭に貼り付いた虚のような瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
フタバに打たれた頬が、じんじんと痛みを増す。
「………」
考えが及ばないのではない。
それを認めることを、脳が拒否している。
「ふん。では、逃れようのない現実というものを見せようか」
ケルビンはビーチチェアの下に手を突っ込むと、アカックブレイブにとって馴染みある装備を取り出した。「ほれ、有り難く受け取るがいい」
それは博士が設計し、アカックブレイブの魔装に組み込んだ、年代スカウターを内蔵したガントレットそのものであった。
しかし再び手に取ったスカウターは、亀裂こそ無いが、その画面に黒い四角を並べるのみである。
「…ふざけるな!こんなガラクタ…!!」
「いいや、寸分違わず実物と同じさ。勿論、現在進行形で正常に動作もしている。その装置ではな、測定出来ないのだよ。測るべき時間軸が、この世界には存在しないのだから」
所詮は敵の戯言、切り捨てろ。
こいつの話を聞き続ければ私は…立てなくなる。
そんなアカックブレイブの内心を見透かすように、ケルビンはゆったりとした口調で、アカックブレイブの心を殺す毒を吐くのだった。
続く