※占い師職業クエストをベースとしており、ネタバレを含みます。ご注意、ご了承ください※
全ては順調だ。
通りすがりのオーガの少年が率いるパーティの力添えもあり、娘に託したセラピアカードは着実に効果を実証している。
「…ユノが頑張ってくれてる。アタシもしっかりしなくちゃね!」
くすんだ水色のドレスに、薄紫の髪を赤い髪紐で纏め上げた女は、満面の笑顔を浮かべながら懐から白く透き通った拳大の宝珠を取り出した。
「ピュアパールも充分な大きさに育ったわ。これくらいの人数なら、本番前の実験にちょうどいいでしょう。全ては、あの子の理想を実現するために」
見下ろす穏やかな村の景色。
一ヶ月ほど、この寒村に滞在し、ほぼ全ての村人をアルカナ・セラピアによって救った。
準備は万端、残るは最後の仕上げのみだ。
崩れぬ笑顔のまま、宝珠を掲げる。
ピュアパールの名に反し、瘴気にも似た紫の光が蜘蛛の巣のように滲み出し、瞬く間に村中へ広がっていく。
「レッツ!ハートのレボリューション!心の革命を始めましょう!!」
モノクルの奥の瞳は、広がる紫の光のように虚ろな闇をたたえているのだった。
そんな企みはつゆ知らず、村へ続く道を行く人影がひとつ。
「お風呂、おっ風呂、おっ風っ呂~♪」
目を引く赤いタイツに包まれたウェディ然とした細く長い足が元気良いスキップに踊り、ポニーテールに束ねた向日葵色の髪と、控えめな背びれが揺れる。
アズランに居を構える占い師ユクは一人、2日後に迫った一大イベントに向けて旅路を急いでいた。
占いの館に属したり、雑誌に定期コラムを持つような高名な占い師であればともかく、流しの占い師の収入でやっと手に入れた寝床はそこそこ年数を経た中古の住宅である。
トイレと浴室が不便にも庭にあり、さらには浴槽無しのシャワー設備のみにとどまるが、もちろん、湯船につかり疲れを溶かすあの快楽を求めぬわけではない。近場のアズラン大浴場の入浴券に至っては、新春特売の際に束で購入している。
そして此度のお風呂は一味違う。
旅の向かう先は期間限定で設けられているグランスパ。
歌姫テルルのコンサートまで付いた、とっておきの浴場である。
入手困難なチケットを、とある依頼人から報酬として頂いたのだ。
しかし、意気揚々、準備万端で家を出た訳だが、路銀の心配はないものの、今更ながら現地での資金が少々心許ない気がしないでもない。
スパに遠からず近からず。
今宵の宿を目前の村に定め、酒場へと潜り込む。
自身も宿屋兼酒場を切り盛りする傍ら、タロット占いを齧ったことがあるという恰幅の良い女将さんは二つ返事でユクに酒場隅のテーブルを貸してくれた。
まだ昼下がりだというのに、採光の不十分なそのテーブル周りは程よく薄暗く、占い師には持って来いの雰囲気である。
「だけどねぇ。占って欲しいなんてヤツは、来ないと思うけど」
キッパリ断言する言葉に挫けず、客を待つ。
小さな村だ。
大衆レストラン的役割もあるのだろう。
ユクが入店した時には2つ3つは空きのあったテーブルもすっかり埋まり、誰かが注文したであろうミートソースの芳ばしくも酸味を感じる香りが充満していく。
そうして、幾ばくかの時間が過ぎた。
続く