※占い師職業クエストをベースとしており、ネタバレを含みます。ご注意、ご了承ください※
しかし、ここは土地勘のない旅先の村である。
すっかり暴徒と化した村人たちから逃げ惑ううち、袋小路に迷い込んでしまった。
引き換えそうにも、足音がすぐそこまで迫っている。
万事休すか。
傷付けたくはないが止むを得ない。
ユクがタロットカードに手を伸ばした、その時だった。
「姉ちゃん!こっち!!」
不意に小さな手にぐいっと袖を引かれ、積まれた樽の隙間から、壁と思っていた木の板の裏側へと隠れ果せる。
「………こちらに逃げたと思ったが」
不思議そうに呟くと、引き返していく足音。
その間ずっと、ユクは両手で口と鼻を抑え、欠片も音を立てずにやり過ごした。
「ぶっはぁ!助かったぁ。ありがとう、お嬢ちゃん」「ううん。こちらこそ、ごめんね」
こちらこそ、という言葉に恩人の小さな顔を見つめれば、なるほどどこか先程の女将さんの面影が占うまでもなく見て取れる。
「…もし知っていれば、村のみんなに何があったのか、教えてくれるかな?」
ユクは自慢の占い道具の一つである聞き込み調査用の手帳を取り出すと、その背からペンを引き抜いた。
「うん。あのね…」
それは遡ること一ヶ月前、一人の旅人がこの村を訪れた。
ユクと同じく流しの占い師だというその女性は、見たことのない占い方で村人の悩みを解決していったという。
「…見たことのない占い方?」
「そう。山札から一枚を引いてもらうワンオラクル。だけどその後、ピカッてカードが光って…」
少女は母が物は試しと占ってもらったときの事を回想する。
光にあてられてか、少しぼんやりした母の胸元から、白く輝く石が零れ落ちたのだ。
途端、母は涙を流さんばかりの勢いで占い師に感謝を述べたてまつり、狭い村である、次から次へと話を聞き付け、村でたった一人の子供である少女を除き、全ての大人たちが占い師の客となった。
「その占い師さんは、石のことをピュアパールって呼んでた。えっと、心のエネルギーの、結晶なんだって」
「光るタロットカードにピュアパール…う~ん…ユクも聞いたことないな。それにしても占いに詳しいね、お嬢ちゃん」
状況の異常さはともかく、少女が占いの用語を知っているおかげで、随分と話が飲み込みやすくて助かる。
「…母ちゃんが教えてくれたんだ」
腰に下げた袋から、少女はタロットカードの束を取り出した。
「占ってもらった皆、嘘みたいに明るくなって、ホントにすごかったの。だから、占い師さんがまた旅に出るって聞いて、その占いの仕方、教えてもらおうと思ったの…」
去り行く背中を追いかけて、ようやく姿が見えた村の外れの高台。
占い師が母の胸元から零れ落ちた石とは比べ物にならない大きさの石を掲げると、少女の目に見ても不気味な光が広がり、次の瞬間にはその姿が嘘のように消えていて、そうして仕方なく家に戻ると母がおかしくなっていた。
「皆ニコニコしてるけど、絶対に変だよ。父ちゃんの形見のタロットカード、母ちゃんずっと大切にしてたのに。母ちゃんと父ちゃんが出逢うきっかけになった大事な物だって言ってたのに。悩みはなくなったから、もう要らないって燃やそうとしてて…」
少女が小さな手で大事に抱き締めているタロットカードの束は相当に年季が入っており、所々焦げて煤汚れてすらいる。
少女の手に残るまだ新しい火傷の痕はきっと、家族の大事な想い出の結晶を守ろうとした時の、名誉の負傷なのだろう。
「皆がおかしいって分かってても、アタシにはなんにも出来ない。…でもね!父ちゃんのタロットが教えてくれたの!旅の人が、きっと皆をもとに戻してくれるって!!」
そう言って少女が山札から見せたカードは、『運命の輪』、『愚者』、『節制』の3つのアルカナ。
「ユクは愚者ってかい!」
酒場の一件は、一端の冒険者であるユクをしても随分と肝を冷やした。
あんな状態の大人たちの中であって、大切な母親を助けるためとはいえ、どれほどの恐怖に耐えてきた事だろう。
少しでも安らげばと、ユクはおどけてみせる。
『愚者』の大アルカナが指し示すは、自由や冒険家、なるほど良い線を突いている。
タロット占いの最大のタブーは、アルカナの意味に囚われること。
アルカナの意味はむしろふんわり程度で良い。
大事なのは術師がそれを読み取り、独自に解釈する、いわば物語を組み立てる行程なのだ。
この少女、なかなか見どころがありそうではないか。未来の商売仇の出現を、素直に喜ぶユクであった。
続く