やがて目的地、水着に着替え、大浴槽へと向かうさなかで、ユクはふと足を止めた。
「…あれ、あの木箱…赤い?ん~?」
ギクリと木箱が跳ねた気がするのは、けして錯覚では無さそうだ。
あまりその方面には聡くないが、宝箱に擬態するモンスターがいるのだ、同様に木箱に擬態していてもおかしくはない。
護身のために一枚だけ忍ばせていた防水加工済みの塔のタロットに魔力を込めてかざせば、たちまち雷が木箱を焼く。
「ぎぇえええッ!?」
途端、カエルを踏み潰したような悲鳴が響き渡った。
山札からでも、手札からですらないイカサマドローなので威力はお察しであるが、充分に用を成したらしい。
はたして落雷の衝撃で破砕された木箱の中から黒焦げになって飛び出したのは、ミミックなどのモンスターではなく、工作員風の男であった。
ちょうど都合良く、鋭い視線を辺りに配っていた警備の腕帯をつけた赤髪の女史が駆け寄り、不審者を慣れた様子で変質者を拘束する。
「協力に感謝する」
顛末は気になるが、コンサートの幕開けも近い。
警備スタッフのオーガ種というだけでは説明のつかない鍛え抜かれた肉体、そしてその腕にガッシリとまとわる鋼鉄製のリストバンドは飾りではあるまい。
任せてしまって良さそうだ。
夕暮れの空に、緩やかにスタートしたスローバラードがよく映える。
お楽しみのひとときは、始まったばかりだ。
いずれユクの運命は、一族の所領の復古を目指す若き魔族の盟主とともに、インパスの先に浮かんだ少年と思いもよらぬ所で交差することとなるのだが、それはタロット占いですら読み得ない物語である。
~完~