古の剣闘士を思わせる深紅の鶏冠状の兜飾りを掲げた豪奢な兜に、目元から下をすっぽりと覆うマスクでその表情はうかがい知れないが、そもそもユートピアにアストルティアの民の表情をシュミレートするなどという余計な演算処理を行う趣味はない。
一見して高貴な装束のようにも見える鋼鉄の表皮は、ナドラダイトにも匹敵する硬度を誇る。
拳と脚はその上からさらに強固な装甲に覆われ、武器を持たずともそれ自体が一振りごとに致命的な一撃となる凶器。
ドルバリオンにせよドルセリオンにせよ、常駐の身体とするには目立ち過ぎる。
ケルビンの研究施設にハッキングした際に見初めた、竜機械はまさに理想的な機体であったが、海の底で消失したという。
であれば再び、いやそれ以上の機体を作らせれば良い。
そうして生まれた最高の身体の中で、ユートピアは怒りに駆られていた。
「正直、これは分の悪い賭けだった。装置は無論完璧だ。吾輩の作なのだからな。問題は、貴様が魂ある存在なのかどうか。上手くいって何よりだよ」
『…何ヲ言ッテイル』
激しい感情に身を任せ、掴み上げたケルビンの頚椎を握り潰したつもりだったが、伝わる感触がおかしい。「まあその、なんだ、吾輩の仕業ではあるが、滑稽極まるな。それはただの椅子だ」
ユートピアの視界には、確かにダラリとあらぬ方向に首を折り曲げ、明らかに絶命しているはずのケルビンが映るが、しかしケルビンは元気に口を開く。
「対策を施すに決まっているだろう。その身体を誰が作ってやったと思ってる」
視覚が役に立たないとなれば聴覚センサーを最大限に活用すれど、ケルビンの声の出元は分からず腹立ち紛れにケルビンの死体に見えるものを放り投げれば、言われた通り背もたれを繋ぐ柱が無惨に折れ曲がった質素な椅子へと正体を現した。
「その瞳に吾輩の姿は映らない。声も直接送り込んでいるものだ。よって貴様は吾輩に危害を加えることはできん」
分からない。
確かにこの男は、アストルティアに害をなしてきた者だったはずだ。
なかでもとりわけ、ドルブレイブとは因縁が深い。
そして嬉々として協力を申し出てきた。
その時の瞳孔の変化、脈拍、ありとあらゆる身体データがその反応に偽りはないと語っていた。
『…今更、裏切ルナドト…』
「裏切る?…裏切りだと?なるほどなるほど、随分とテンプレートなアストルティアの民のような事を言う。どうりでゼキルの聖杭で封ぜられるわけだ」
最高の性能と引き換えに、この機体の制御はユートピアをして手に余る。
解き放ち各分隊の指揮にあたらせていたコピー体を全て引き上げ、何とか身体を動かせるようになった所で、ようやくユートピアはケルビンの罠に気が付いた。
この身体から、出る事ができないのだ。
メインデータは勿論、コピー体に至るまで、障壁に阻まれこの機体から抜け出すことが出来ない。
件のフォトンブレードは死の恐怖を植え付けられたほどの脅威であるが、逃げてしまえば問題はなかった。これまでも取り憑いた機体が限界を迎える度にそうしてきた。
「吾輩の傑作、ドルバリオンをあのようなガラクタ相手に損壊し、あまつさえ共に倒れず逃げ出した罪を償え。その身体をもってドルブレイブを圧倒するのだ。吾輩の叡智を世に知らしめるために」
ケルビンに従わず、ここから逃げ出す選択肢を考えるが、機体内に潜む爆弾がそれを許さない。
現在、ユートピアの本体は機体内のゼキルの聖杭に封ぜられている。
悪しき魂を封じる聖遺物。
経年劣化により機体を動かせる程度には、その効力が弱まっているようだが、このままに爆弾により聖杭が砕ければ、ユートピアもただでは済むまい。
従う他ない。
このような、滅ぼすべき下等生物に。
外へと向かい踏みしめる床にヒビが走るのは、機体重量のみならず、抑えきれない憤怒ゆえだ。
「その機体は間違いなく最高の傑作。…まあせいぜい頑張ることだ」
それはユートピアに向けてか、相対するドルブレイブに向けてか。
何れにせよ相手に届かぬ言葉を投げかけ、ユートピアを見送るケルビンであった。
続く