魔装の展開を解くと同時、ココソーの全身から、淡い緑の光が溢れ出す。
そればかりか、時折向こうが透けて見えるほどに薄くぼやけ始める。
「これは…!?おきょう!彼女の身体が!」
取り乱すセ~クスィ~に対し、おきょうは静かにココソーに歩み寄り、目を伏せた。
その手に握られた端末、表示されているカウントダウンは、1分を切っていた。
それはケルビンの挑発の言葉の中や、基地の監視カメラ映像、ココソーを通して得られた情報、それらをもとにおきょうが編み出した計算式の解が導く制限時間。
ココソーが、この世界に留まっていられる時間の残りを、指し示していた。
「…二人の同じ存在が、一つの世界に存在は出来ない。貴女の身体の不調と、頻発する予期せぬ転移は、この世界との拒絶反応からくるもの。そして…この世界の住人ではない貴女は、今度こそ弾き出され、また何処か、他の世界へ飛ぶことになる」
理論に穴があるのではないかと何度も式を見直したが、結果は変わらない。
そして、食い止める術を探すには、あまりに時間が無さすぎた。
「そうか…」
悔やんでも悔やみきれないおきょうとは裏腹に、おきょうの説明はすとんとココソーの腑に落ちた。
「ごめんなさい」
せめてココソーに詫びることしか、おきょうに出来ることはなかった。
「…何故謝る?」
「だって…貴女にそんな過酷な運命を背負わせてしまったのは、何処かの世界の私なのだから」
もし、ココソーと出会わず、同じような状況に陥った時、きっと自分もセ~クスィ~に、この世界のアカックブレイブに、同じ運命を強いたことだろう。
運が良かった。
ココソーの世界の自分との違いは、ただそれだけにすぎない。
「…別の世界へ飛ぶ、と言ったな?その先に、元の世界へ戻れる可能性は在るのか?」
ココソーは空を仰ぎ、遥か遠く、次に訪れるであろう世界へ思いを馳せる。
「…ゼロでは、無いわ」
「はははっ」
絶望的だと告げたおきょうの言葉に、しかしココソーは心からの笑みで応えた。
「ああ、いや、すまない。やはり貴女は博士なのだな。気休めにでも『いつか必ず』と言わない所が、そっくりでつい笑ってしまった。ふふ、はははっ」
ひとしきり快活に笑うと、ココソーはそっと、おきょうの頬につたう涙を拭う。
「ゼロでは、無い。貴女のその言葉、これからも戦い続ける理由として充分すぎる」
そう。
博士は気休めを言わない。
気休めの為の嘘も、けして言わないのだ。
やがて柔らかな笑みを浮かべるココソーの全身が翡翠の輝きに包まれ、光の奔流となって天へと消えた。
「…彼女は、何処かの世界の私なのだろう?ならば、心配はいらない」
セ~クスィ~はそっとおきょうの肩を抱く。
「ええ、そうね。彼女もまた、アカックブレイブなのだから」
二人はアカックブレイブの飛び去っていった蒼天を、ただ静かに、いつまでも見上げるのだった。
そして………
………いつかのどこか
自動掃除ロボットの働きでピカピカに磨かれた基地の廊下に、腰まで届く蒼髪をなびかせ、ブーツの足音が響く。
やがて廊下の果ての扉をくぐり、形上の上司にあたる親友の小さな背中が見えた時、まったく意図せぬ言葉がココソーの口から飛び出した。
「…随分と待たせてすまなかった。ただいま、博士」
「…なぁに急に。ここ一週間くらい、ずっと一緒にこの基地にいるじゃない」
博士は回転イスをくるりと回して、ココソーに向き直る。
「いや…私は今…一体何を…」
ココソー自身、口をついて出た言葉に戸惑いを隠せない。
博士の言う通りだ。
ここ数日は嘘みたいに平和で、今朝だって朝食を共にした。
ついさっきのことだ。
しかし。
この胸に去来する、まるで数百、数千年の果てに再び親友と出会えたような万感の想いは、そして、止め処なく流れる熱い涙は一体なんだというのだろう。
「ちょっ、ちょっと一体どうしたの!?」
「分からない。分からないが、何故だか…涙が止まらないんだ」
「変ねぇ…」
「そういう博士こそ…」
博士もまた、ココソーを追うように、ぼたぼたと頬から落ちる涙を堪えきれない。
「ただいま、博士」
「おかえりなさい、ココソー」
互いに自分でも所以の分からぬ暖かい涙を流し、親友の帰還を、そして、待ち望んだ再会を、二人はいつまでも抱き合い分かち合った。
6月11日9時42分38秒
その日、その時間は、他ならぬココソーの活躍により無かった事になった時間軸において、博士の手によりココソーが果てしない旅へと向かった瞬間である。
幾多の出会いと別れ、数多の異世界のユートピアを滅ぼしてまわる厳しい戦いの果ての、祝福に満ちた懐かしい世界で。
ココソーの、もう一人のアカックブレイブの旅路が報われる時は、遂に訪れたのだ。
~アカックブレイブ・デュアル 完~