「はいそこでターン。ためてためて…そう!ちゃんとキレがあるよ!いいねいいね!あと少し!」
普段であれば、気合のこもった一声や、竹刀の打ち合う小気味良い音の行き交う道場に、ウグイスのような澄んだ声が響く。
「ひぃ~~~…」
対照的に、中央で踊る二人は息も絶え絶えに情けない吐息が漏れるが、それでも何とか必死に舞の行程をなぞっていく。
「集中集中!………よしそこまで!!二人ともスジがいいね!今度、ExtEのバックでも踊ってもらおうかしら?」
一流の冒険者にして、アストルティアせましと活動するグローバルアイドルグループExtEのメンバー、テルルはカミハルムイの名家の一つに招かれ、今年のニコロイ王に献上する剣舞の稽古にあたっていた。
伝統的な剣舞にも新しい風を取り込もうという試みで、勿論、振り付けもテルルの手によるものである。
「いやもう…ギブ…」
体力には自身があり、確かに見事演目を踊りきったヤマであったが、けして謙遜ではなく、約5分、一曲分の舞でカタツムリの如く冷たい板張りの床に突っ伏していた。
コンサート一回分踊り切るのはとてもではないがまさしく夢のまた夢である。
本番と同じエルトナ様式にアレンジされた踊り子の装束が汗を吸いピッタリと肌に張り付いている。
「こっちは本番で更に甲冑着るのよさ。代わる?」
さすがに疲労の表に出た表情ながらも、そも毎年恒例の参加行事であることから、テルルの招かれた名家の若き当主、いなりはヤマの舞の相手を務めた後で尚、飄々とタオルで汗を拭っている。
「うひぃ…いな姉、甘えたこと言ってすみませんでした」
「まあ、鉄扇携えて舞うのなんて初めてだものね。手首痛めてない?」
いなりはヤマの前にしゃがむとその手を取り、筋を痛めていないか確認しつつ、軽くほぐしてやる。
「二人ともお疲れ様。お茶が入りましたよ。先生もどうぞ」
湯呑の載ったお盆を携えて現れたるは、嵐を乗り越えたあとのような、牙立った耳ヒレと背ビレが特徴的なウェディの少女。
「オスシちゃん、ありがと~!んん~、いい香り!!」
テルルは湯呑を受け取ると、煎れたての和紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
エルフである長姉いなり、次女のオスシに、マッサージからの流れでツボを押されて悶絶しているのが、特異な4本角が目を引くオーガの三女ヤマ。
(…みつけた)
仲睦まじいさまを笑顔で見守るテルルの遥か背後の山の奥で、竜とも人ともとれぬ怪物が、その黄色い眼でヤマの姿をじっと見つめていたことなど、4人は知る由もないのであった。
◇◇◇
時の流れは残酷なものだ。
かつては神と讃え恐れ敬った相手ですら、忘却の彼方へとおしやってしまう。
そして時が経てば経つほどその皺寄せはとんでもないものになるということを、ヒッサァは今、身をもって味わっていた。
「ここに置いていきますね」
「…あ、はい」
大八車が傾けられると同時に、ドサドサッと音をあげてよりいっそう降り積もるオグリドホーンの山を虚ろな目で見つめた。
その手には、荷物に添えられた一枚の手紙。
差出人は、先日、縁あって共にクエストに臨んだ前途有望な少年、ハクトである。
『拝啓 ヒッサァさん
元気でお過ごしでしょうか?
酒場の貼り紙で、ヒッサァさんがオグリドホーンを集めていると知りました。
直接の採掘によるものでなく、素材屋の店頭、既に職人に卸されたものや、加工品に限る…よくわかりませんけど、きっと何か深い理由があるんですよね。
大丈夫です。
僕の父さんもばくだんいわのグッズをコレクションしてるので、大人の趣味には理解があるつもりです。
取り急ぎ、父さんのマイタウンに来ている行商人から買いつけたものを送ります。
僅かですけど、お役立てください』
「大人の趣味、ね…」
何か、とんでもない誤解を受けている気がする。
「…あ、そっちの方にお願いします。ええ、領収書の宛名はヒッサァで。はい」
機械的にオグリドホーンのおかわりを捌きつつ、うず高く積まれたオグリドホーンの山を前に、永く果てしないため息を垂れ流すヒッサァであった。
続く