触れるはずの無い陽の光を体の一部に浴びて目を覚ます。
覚醒は何十年、いや、何百年ぶりだろうか。
土の奥深くに埋められてからというもの、時間の感覚というものが希薄になっている。
この身は既に人外、空気もなく、水も食事も取らずとも死に至らぬ歪な存在とはいえ、肉は衰え皮は枯れ果てて、所々骨が覗くような有様である。
まだ半ば微睡みの中で自身の状態を確認し、怪物はようやく異変に気付く。
傍にあった彼女の亡骸が、奪われている。
いったい何故?
誰がそんな事を?
いや、それはどうでもいい。
のしかかる土の層の更に上、怪物の頭上に重石のように建つ半壊した祠が、隆起した大地に切り裂かれ砕け散る。
怪物は未だ半分以上が地に埋まった身体を、無理矢理に引き摺り出した。
彼女を取り戻さねば。
腐敗し黒ずんだ体表は、もとの鮮やかな緑からほとんど黒に近く変色している。
背中に生える大きな翼は、鳥類と竜族のそれを子供がいたずらに繋ぎ合わせたように、特徴が歪に混じりあい、あまつさえあちこちに虫が喰ったような穴が空く。
並び揃う鋭い牙はまさしく竜、長い時の間に癒着しこびりついた頬の肉を引きちぎりながらそのあぎとを太陽に向かい大きく開けば、言葉ならずとも聴く者に激しい怒りが伝わるようなおどろおどろしい天魔の雄叫びがオーグリードの荒野に響き渡った。
◇◇◇
「………………………」
またこの夢だ。
ちょうど、いな姉の剣舞の相手役に決まって、衣装の採寸に取り掛かった頃だっただろうか?
夢の中のヤマは、やはりオーガの姿をしてはいるが、部屋に据えられた漆塗りのドレッサーの小さな鏡に映るは、額の真ん中に白磁のような一本の角しか持たず、肌も雪のように白い、オーガらしからぬ奇異な姿である。
エルトナの風情を感じる着物は視覚だけでもその布地の柔らかさと肌触りの良さが伝わる程に丹念な職人仕事で、色合いもデザインも剣舞の衣装にそっくりだった。
居並ぶ室内の丁度品は皆どれも丁寧な細工や鮮やかな模様が描かれて、床の畳はいぐさの息吹を感じるほどに真新しい。
だがしかし、岩壁をくり抜いて作られたこの部屋はその豪奢な様とは裏腹に、何というか、冷たさに満ちている。
「…それでは失礼します」
ほとんど手を付けていない料理の並んだ膳を、侍女が事務的に回収していく。
その間、ついぞ侍女と目線が交わることはない。
(………まるで座敷牢みたい)
その扉に鍵がかかっている訳では無い。
それでもまさしくこの部屋は、ヤマの感慨の通り、夢の中の女にとっての、牢獄そのものであった。
「…もう大丈夫」
そっと声をかけると、衣紋掛けの後ろから、野太い声が返る。
「行ったか?」
「ええ」
現れた男の姿をあえて言うならば、リザードマン。
しかしその体躯はより人に近く、一方で頭は蜥蜴どころかまさしく竜そのものであった。
(ひっ!?)
架けられたきらびやかな着物の裏側から現れた異形の姿に驚くヤマの内心とは裏腹に、夢の中の女の心に暖かさが広がるのを感じながら、鼻をくすぐる夕げの香りに覚醒を促されるヤマであった。
続く