部族間会議で供される酒は、米と米麹と水を発酵させ漉さずに仕上げたいわゆる濁り酒で、荒々しいまでにアルコール度数の高いそれは、小皿で添えられた炙りスルメの滋味とよく合う。
ヒッサァはうっかり酩酊せぬよう酒をちびりと口に含んだ後、舌に残る渋味を海の塩辛さで上書きした。
この歳でオルセコ部族の代表とは恐れ多い話なのだが、部族の至宝たる槍を預かる以上は致し方ない。
「白姫…?確か、自らの率いる部族を皆殺しにしたとかいう昔話の…」
本日の議題にあがった単語に、ヒッサァは持ちうる記憶を辿って答えた。
言う事を聞かない悪い子は、白姫様に氷漬けにされ喰われてしまうぞ。
いつだったか、祖父に聞かされた記憶がうっすらとある。
子供のしつけの為の御伽話の類だと思っていた。
「左様。昨今、オグリドホーンの採掘を生業とする者たちの間で魔物に襲われたという被害報告が看過できない件数あがっていてな」
がっと一気に盃をあけた他の首長が言葉を継ぐ。
「それと白姫がどう繋がるんです?」
会議の場にはまだまだ新参故に伝承にはやや疎く、首を傾げたヒッサァの前にアストルティア全土の地図が広げられた。
「一様に皆、白い魔物に襲われたという。そして、被害の場所と日時、はたまたそれと思しき魔物の目撃情報をまとめたものがこれだ」
布地に刻まれた大きな地図の上には、それぞれ数字の添えられた赤い印が何箇所も打たれている。
「ふむ…グレンを皮切りにガートラント…そして海を渡りヴェリナードにジュレット…次第に移動している…?………そうか!この経路は、オグリドホーンの交易ルート!!」
丁度、隊商隊を追うようにして、事件の件数は推移をしていた。
「流石はヒッサァ殿、理解が早い」
好々とした笑顔を浮かべ、また別の部族長がお世辞を述べる。
無意識にヒッサァは身構えた。
頼られるのは嫌いではない。
むしろ人の役に立てるのは好ましい。
しかし、あからさまに押し付けられるのは、やはり少し気が重い。
「最初の報告の少し前。白姫様の祠が荒らされてしまってな」
続けて差し出された写真に目を通す。
祠とは名ばかり、そう言われればそう、だったのかもしれないという程度の、掘り起こされた土の盛り上がりと、散らかった木片が写るのみである。
「オグリドホーンは我らオーガ種の亡骸の一部が長い年月を経て形を変えたもの。そして、襲われた被害者は皆全て、オーガ種族なのだ。白姫様の怨念が、奪われた身体を求めて彷徨っているに違いない」
オグリドホーンは高価格で取引される素材ながら、比較的、駆け出しの冒険者でも入手がしやすい。
被害の拡大は、そういった背景も一因であるのだろう。
「かくなる上は、件のオグリドホーンを探し出し、怒りを鎮めていただくほかない」
既に採掘され、市場に流通した一つの素材を探し求めるなど、正気の沙汰ではない。
しかし、予算は各部族が出し合うかたちで、実質的に無尽蔵、期限は事態が解決するまでという非現実的な好条件と、会議に参加する代表者の中で最年少という立場が、断ることを許さない。
かくして、ヒッサァの果てしないオグリドホーン蒐集が始まったのであった。
続く