「ん~っ!最ッ高!!このソースがまた合う!」
剣舞の稽古の間、テルルはいなり家に住み込みで指導にあたっている。
今晩もまた、眠い目をこすり自室から這い出してきたヤマと共に、いなりとオスシの用意してくれた料理に舌鼓をうっていた。
一見、向かなさそうなソテーで供されたタラであったが、持ち前が淡白であっさりとした味だからこそ、添えられた純白のソースを引き立て絶妙な味わいに仕上がっていた。
「そうだろうそうだろう!私の許嫁は料理が抜群に上手いんだ!!」
艷やかな黒髪のエルフが自慢気に鼻を鳴らす。
そしていつも通り、ツッコミは不在である。
テルルの滞在も、はや一週間を数える。
何故か晩飯時になると塀を飛び越えて現れるかげろうの姿にも、いい加減慣れた。
「白子を裏漉しして、白ワインをベースに整えたソースです。お口に合ったなら幸いです、先生」
「いやいや~、先生だなんて、ホント、もっと砕いて呼んでくれていいのよ~」
「教えを乞う身ですから、そこはきっちりと」
早々にテル姉とフランクに切り替えたヤマと違い、未だいなりはテルルを先生と呼ぶ。
少し寂しい気もするが、そこには確かな尊敬の念を感じて、嬉しくもこそばゆく、受け入れられているのだとひしと感じられた。
出汁の良く効いた潮汁で舌に残るソテーの油分を落ち着かせ、熱々のほうじ茶とかりんとうで胃の休憩を挟んだあと、夜の稽古に励む。
毎年舞っているいなりは勿論、ヤマもまた本当に筋がいい。
しかしそうして舞が完成に近付くにつれ、テルルの秘めたる悩みはより大きなものとなっていく。
「う~、何か違う。何か違うのよ…」
稽古の後、浴室で汗を流し、いなりに用意してもらった客間の中で、すっかり夜も深い時間にも関わらずテルルは山と積まれた文献に一言一句逃すまいと目を光らせる。
今回、剣舞の題材に選んだのは、知る人ぞ知るとすら言えないレベルの超マイナーな地域伝承だ。
まともな書物など残っていようはずもなく、テルルもまた、プクリポリタン劇団を主催する知人クロムより伝え聞いた程度の情報しか持ち得なかった。
だがしかし、虫の知らせとでも言うのだろうか。
今この機会にどうしてもやらねばと、半ば使命のようなものを感じたのだ。
しかしテルルはそもそも、白姫の伝承を聞いたその時から、話の内容に違和感を覚えていた。
いなりとヤマの剣舞には、テルルの詩が添えられる。モヤモヤを抱えたままでは、まとまるものもまとまらず、未だ歌詞は完成に至っていなかった。
悪虐の限りを尽くした鬼の姫が討ち取られる。
それはそれはシンプルでストレートな物語だ。
だからこそ、話の生まれた娯楽の少ない時代、もっと広まっていてもよかったはずである。
しかしそもそも勧善懲悪の物語で、鬼女であればせめて納得がいこうものの、何故、姫という言葉を用いているのか。
更には鬼の姫を討ち取ったのもまた、旅の剣客であったり、近くを根城とする盗賊であったり、果ては鳥と人が混じり合ったような化物であるとする文献まである始末だ。
そこにはきっと、何か理由がある。
それを裏付けるかのように、先日、舞の段取りも定まった所に至って、衣装をまとったヤマを見たときに自然と頬を涙が伝った。
(この人…白姫は…根っからの悪人じゃない…きっと、悲しい運命に翻弄された人…)
その時からテルルの、書物をたぐり真実を追い求める旅が始まったのだ。
「………やっぱり」
そして今、新たに紐解いた古びた巻き物、自室で腰掛ける白姫を描いた水墨画の左上隅にテルルの追い求める答えの一端が垣間見えた。
墨のみでシンプルに描かれた絵の中であっても疑いようの無い事実。
空気を取り入れる為の僅かな天窓、そこにはしっかりと、格子が描かれている。
彼女は、囚われの身であったのだ。
「でもこれ以上…どこ調べろってゆ~のよ~っ!!!」
目下、手掛かりになりそうな書物はこれが最後の品であった。
ようやくの手がかりを得つつも、途方にくれるテルルであった。
続く