「あいよ。あんた、細長くて尖ったもんが好きなんだろ?今日の晩飯は筍の炊き込みご飯だよ」
「…お気遣い、痛み入ります」
ざっくり説明はしたのだが、やはり特殊な趣向持ちと勘違いされている…
ヒッサァは苦笑いを浮かべながらも箸をとった。
ヤサとしているグレンの宿屋、部族長達のお墨付きがあるとはいえ、昼と言わず夜と言わずひたすらオグリドホーンを運びこんでいるのだ。
追い出されないだけ有り難い。
変な誤解を受けようと、多少は我慢せねばなるまい。
エルトナにて採取された旬の食材は炊き具合が絶妙でコリコリと食感が小気味良く、出汁醤油の風味も相まって箸を動かす手が止まらない。
さらには主菜のホッケの一夜干し、これがよくない。干してなおヒッサァの親指の太さと変わらぬ驚きの肉厚っぷり。
箸を差し入れれば蓄えられた油が弾け、ぷりぷりの身が舌の上で踊る。
少々の塩辛さに唆され、ついつい炊き込みご飯の詰まったおひつを空っぽにしてしまった。
「む…どういうことだ?」
締めに赤味噌で仕上げた山菜汁をすすりつつ、新たな被害報告をマッピングした地図を見て、ヒッサァは首を傾げる。
ジュレットまでは安定して、ほぼ一直線に並んでいた被害箇所が、ここに来てジュレットを中心に千地に乱れ始めたのだ。
まるで、探す相手を見失ったかのように。
確かに、出現状況を鑑み、直近では重点的にジュレット近郊のオグリドホーンを買い集めていた。
その中に当たりがあった可能性は高い。
しかしそれであれば、こちらに向かって来るはずだ。相手の探知の手段は不明だが、怪物が追ってこれるよう、部族連合の手配した護衛をつけてゆっくりと搬送を行っている。
とすれば怪物にとって、何らかのイレギュラーが発生した可能性がある。
「何にせよ、留まってくれるなら好都合」
そろそろ、夜な夜な届いたオグリドホーンの本数を数える日々にも辟易してきた所だ。
すっかり手に馴染んだ不死鳥のやりを掴み、着の身着のまま駅へと走る。
流石に本数が減るとは言え、夜中でも大地の箱舟が運行されているのは、本当に頭が下がる思いである。
ヒッサァが車窓から広がる夜の闇を睨むうちに、大地の箱舟はジュレットの駅へと滑り込んむ。
本当にギリギリのタイミングで、化物への囮としてジュレットからヴェリナードを周回させている馬車に間に合った。
様々な部族から持ち回りで運行されている儀装馬車。「ではヒッサァ殿。出発します」
「ええ、頼みます」
今のところ確たる成果はあげられていないが、それでもヒッサァが訪れた故でなく、御者も商人を装う部族の若者も皆、これ以上の被害を出すまいとやる気に満ちていて、ヒッサァは嬉しく思うと同時に何としても糸口を掴まねばと気を引き締めるのであった。
◇◇◇
急がなければならない。
一度魂が混じり合った影響で、この身は奴と繋がっている。
何が起こったのかは分からないが、奴の封印が解かれ、既に活動を開始しているのを感じる。
大陸も遥か離れているようだが、安心は出来ない。
我が身が呪文でここまで転位をしたように、奴もまた同じ力を持っている。
なにせ、この力はそもそも、奴の物なのだから。
しかし幸いかな、奴には彼女を感知することはできない。
どんなに変わり果ててしまおうと、俺だけは彼女を見つけてやれる。
奴の手になど、髪の一本とて渡すものかよ。
夜の闇の中でなければ、たちどころに悲鳴があがっていたことだろう。
腐敗し干乾びてなおオーガを上回るその黒緑の体躯は、更に泥に彩られておどろおどろしさを増している。
目玉のあった所は胡乱にくぼんだ穴のみ残り、そこに浮かぶ鬼火のような赤く小さな光が瞳の代わりに目の前の屋敷を見つめていた。
「…いい月だ。迷い出たくなる気持ちもまあ、分かる。分かるさ。何せ今は丑三つ、魑魅魍魎の宴の時間だ。お前のような、そして、私のような」
見上げる夜空に浮かぶは、闇夜を抉るような三日月。いなり宅の堂々たる門構え、その上に、野党の如く不遜にかげろうはあぐらをかいて、大きく仰け反りながら瓢箪の中身をぐいっとあおった。
きりりとした辛味が喉から胃の腑、そして丹田に確かな火を灯す。
「しかし、しかしなぁ。皆、舞の練習で疲れて眠っているんだ。お引取り願おうか?」
かげろうは口の端から溢れた酒を雑に拭うと、化物めがけて空っぽになった瓢箪をぶんと投げ捨てるのであった。
続く