よく乾いた瓢箪がパリンと音を立て砕け散った。
その破片を黒緑の皮膚に受けながらも怪物は身じろぎ一つせず、変わらずじっと門の向こう、いなりの屋敷を見つめている。
「…やれやれ」
呆れたとばかりに目を閉じ首をひらひらと振ると、かげろうは腰に下げた2本の刀の鯉口を切る。
次の瞬間には、ひゅっと微かな風の音と共に、かげろうは二刀を縦一文字に振り抜き地に着いていた。
目にも止まらぬ早業ながら、怪物はわずか後ろに飛び、見事にかげろうの剣技を躱してみせる。
「…ひメ…迎えニきた………邪マを…ズる…な…」
腐臭も乾くほどに干からびた声帯から絞り出された声は、酷く聞き取りづらい。
確かな敵意を剥き出し、怪物はその背に負う蛮刀を手に取る。
「そうそう。穏便な交渉は決裂だ。あとは刃で語り合おうじゃないか」
怪物が握るは、刀身が厚く、刃渡りもかげろうの背にも及ぼうかという長刀。
先のお返しとばかりに大きく踏み込んだ怪物の巨躯から、横一文字に払われた。
姿に不相応にその太刀筋は力任せでなく、理に適うものである。
まともに受けては刀を痛める。
通り過ぎる凶刃の上を撫でるように2本の刃を走らせ、それを足がかりにぐるりと宙を舞って事なきを得た。
コイツは強い。
背筋をぞくりと撫でる死の可能性に、かげろうは思わず舌舐めずりをしてしまう。
「おっと、節操が無くてすまないな。さぁ、まだまだ夜は長い。存分に楽しませておくれよ」
侘びておきながらその矢先、なお懲りずに上気した頬で恍惚とした表情を浮かべ、刀を強く握り直し、2人きりの逢瀬を引き続き楽しもうとしたかげろうであったが、そうは家主が許さない。
「何勝手に人の家の軒先で盛り上がってるんですか」『常在戦場』、捉え方はさまざまであるが、それは勿論、寝ているときも甲冑を着ていろという話ではない。
寝巻き代わりの星空があしらわれた浴衣を着たいなりが、がっちり閉じられた正面の舞良戸の隣り、通用口である板戸を開き仁王立ちで睨め付けていた。
かげろうは抑えたつもりなのだろうが、これほどに濃密な殺気を漏らされては、大人しく眠っていられるはずもない。
「人も化生も区別無く。来客をもてなすのは主人の務めです」
いなりもまた、かげろうと同じく居合を必殺の手とするが、浴衣に鞘を携えるのは難しい。
からんと鞘を地に落とし、かげろうを押し退けるように戦線へ加わった。
続く