一度目はダンノーラ。
二度目は悪夢の世界で。
いずれも双方の首が落ちていてもおかしくない斬り結びを経て、互いの剣撃のリズムは衣服についた血の染みの如く身体に刻まれている。
互いに前へ前へと競い合うように見えながらもその実、かげろうが意図して空けた間にいなりが刺し込む形で踊るように剣を振るう。
しかし、いなりが加わり2対1の様相となってなお、化物は大振りな蛮刀を巧みに操り渡り合ってみせる。「変わったご友人です、ね!」
いなりはかげろうが右から左へ振り抜けたところにスイッチして、地を這うような姿勢から化物の脚を狙って横一文字に薙ぎ払う。
「冗談!友も許嫁も、厳選することにしてる」
いなりの姿勢に被らぬよう、かげろうは飛び上がって水車の如く回転し斬撃の雨を放つ。
剣を振るう手は欠片も鋭さを損なわず、それでも『許嫁』にイントネーションを置き、いなりに情炎を込めた流し目を送った。
基準は勿論あるのだろうし、いなりに対する執着もまた確かなのだろうが、ホイホイと許嫁を増やす御仁に言われても説得力は皆無、結婚詐欺師のプロポーズと同義である。
「…どうだか」
「お?嫉妬かにゃ?」
「まとめて叩き斬りますよ!?」
無論、交友関係に関する疑念を口にしただけなのだが、かげろうは揚げ足を取って猫のごとく悪戯にからかう。
「…さて頃合いか。いなり、埒をあける。ついてこいよ」
こちらは既に酒の力もあり身体は仕上がっている。
いなりもまた、軽口混じりのウォーミングアップを経て、充分に身体が温まったはずだ。
「っ!」
かげろうの動きがドルボードのギアをチェンジしたかのようにがくんと速度を増した。
先までの2撃の間に3撃、3撃の間に4撃、ヒュンヒュンと風を切り裂きながら、かげろうの剣撃は留まるところを知らず勢いを増していく。
姿に似つかわしくない柔軟な剣を振るう化物であったが、それでも圧倒され次第に防戦に徹せざるを得なくなった。
(簡単に言ってくれる…!)
もはや軽口を叩く余裕はまったくない。
綱渡りのように一撃一撃を必死に紡ぐ。
刹那でも機を逃せば、いなりの刃はかげろうを斬ることになる。
こんなに刀を重く感じるのは、母の隣で初めて木刀を振るった時をおいて他にない。
免許皆伝をおさめてなお、剣の道には更にその先の先があるのだ。
今日この時だけではない。
これまで自身とかげろうの力量の差に、何度打ちのめされそうになったことか。
だがしかし、かげろうは、いなりが必ず食い下がってくると信じているのだ。
言葉として語られずとも、かげろうの刀が雄弁にそれを語っている。
故に、無様は晒せない。
そんないなりの内心の葛藤すらも、きっとこの妖怪のような人はとうに見透かして、内心ほくそ笑んでいるのだろう。
それが腹立たしくも嬉しくて、その感情は確かな燃料となっていなりを突き動かす。
やがて刀の奏でる鈴のような無数の衝突音が一つの音に聞こえるほど切れ目がなくなった頃。
「今ッ!」
渾身の力でかげろうが斜め十字に下から刀を打ち上げれば、受けた化物の蛮刀が宙を舞う。
「はいっ!!!」
滑走路たる鞘はなくとも、腰溜めに身を低く、脇構えから自身の最速の一振りを繰り出すいなりであった。 続く