短冊を笹に結わえ、手を合わせた所で、ふと脇に座る老人に気が付いた。
つばの広い帽子で顔はハッキリうかがえない。
吸うでもなくただキセルを咥え、木箱を机代わりにどうやらお菓子を販売しているらしい。
「やや、お嬢ちゃん。お1つどうだい?」
並ぶお菓子に見覚えがなくて、首を傾げる。
「このお菓子は、水無月という」
ひょいと一つ竹ハサミで掴み上げれば、餅のような粘りにより、皿代わりの笹の葉ごと持ち上がる。
不安になるくらい安価なお代と引き換えにそれを受け取った。
「みなづき…?」
フタバはその両手にいただく笹の葉の皿に載せられ、僅かにぷるぷると震える三角形の造形物をまじまじと見やる。
「白い部分、ういろうは氷の結晶を、上の小豆は厄除けの意味を持つ小石を表現したものだ。その昔、夏の暑さを乗り越えるために王族は氷を食した。しかし氷は当時高額でね、庶民にまでは行き渡らない。そこで代わりに考えられたのが、このお菓子というわけだ」まだたくさん水無月は残っているというのに、老人は店をたたみはじめる。
「ほ~~~っ」
それに気付かず、フタバはすっかり目の前の水無月に夢中になっていた。
たまらず一口、大きめにぱくり。
「お餅ともお団子とも違うけどモチモチで美味しい!これ好きだ!!和菓子屋で売ってるのか?」
「お嬢ちゃん。それは夏越の祓の特別な品でな、今日6月30日にしか、作られないお菓子だ」
「ええ!?勿体無い!!毎日だって食べたいくらいなのに!」
「何事も、水無月とおんなじさ。氷はやがて溶ける。水無月もお嬢ちゃんの胃袋へ消える。全ては移ろい行くのだ。…今を、大事にしなさい」
優しく諭すような声を残し、いつの間にやら老人の姿は消えていた。
「…あれ?」
まるで幻のよう。
しかし、手に残る食べかけの水無月は現実である。
既に半分以上食べかけの水無月を兄に渡すのも申し訳ない、兄の分でもう一つ買おう、と思ったのだが。
仕方なく残りを口に放り込んで、離れて待つ兄のもとへと戻った。
そして長い石段を登り、2人で見上げた天の河はどこまでも果てしなく、そして美しくて、時を忘れて見入ってしまった。
ふと横を見れば、先程までの自分と同じように星に目を奪われている兄が居る。
星に気を取られている今ならば…
そっとその手に触れようとして…しかしやはり怖くて、伸ばしかけた手を戻した。
その後、小川のせせらぎに引き寄せられて、今に至る。
「…そうか!水無月を一人占めしたのがいけなかった!?」
ケラウノスがこの場にいれば、大きなため息をついていた事だろう。
仮に水無月の一人占めが原因だとして、どうすれば良いというのか。
既に水無月は胃袋代わりの分解炉の中である。
それ以上は考えても何も閃かず、仕方なく止まった世界を駆け抜けて鳥居をくぐり、兄の虚像と再会する。「………」
考えようによっては、これも悪くないのかもしれない。
損壊のリスクを除けば寿命は遥かに長いとは言え、その間に果たして兄との距離を縮められるかと問われれば、答えはノーである。
怖いのだ。
今の関係が壊れてしまうのが、怖い。
であればこうして、ただ兄を眺めているのが自分にはお似合いなのかもしれない。
「………嫌だ」
しかし、諦めかけた心を裏切って声が漏れた。
目覚めて右も左もわからない中ですがった同型機。
アストルティアの民は、血縁者を大事にする傾向があるらしい。
何かしらの援助、目的の為の共闘関係を結ぶことを期待できる。
あながち不適切な表現でもないが、血縁など存在しない機械の身の上にも関わらず初対面で兄と呼んだのはそんな打算からだ。
しかし気がつけば、当時の兄が戦闘機能のほぼ一切を喪失しており、戦略的利用価値が無いと知ってなお、兄と妹という関係に甘んじる自分がいた。
大地の箱舟の一件もあり色々と状況が込み入った事になったのが一因ではあれど、やがて戦う力を兄が取り戻したとて、自身の目的の為に兄を利用しようという気は、もはや欠片も無くなっていた。
ただ、そばにいたい。
そしておこがましくも願わくば、兄にとっても自身がアストルティアで一番大切な存在であってほしい。
高鳴るエンジンは爆発寸前。
しかしどうせ今のこの光景は幻に違いない。
蛍を眺める兄の背に近付いて…震える指先を伸ばした。
続く