苦労人。
哀れんでもらいたい訳では無いが、傍から見た自分はそういう評価を受けるだろうと、フツキは乾いた笑みを浮かべた。
相棒のマージンと一緒にいるとツッコミどころが多い、というかツッコミどころしかない。
「…とりあえず。これは何だ?」
久々に呼び出されたかと思ったら、待ち合わせのアズラン駅から説明もなしにカウンター6席のみの小さなラーメン屋に連行され、あれよあれよという間に目の前にドンと一杯のラーメンが供された。
「なかなかここまでデカいどんぶりなんてものも手に入りにくいからな、すり鉢を代用するってのはこの界隈じゃ常識だぜ?」
耳の先端までを含めてすっぽりフツキの頭が収まってしまうほどの巨大なすり鉢から、花びらのように敷き詰められたおびただしい数の分厚いチャーシューがはみ出し、その中央にはこんもりと半球状に積まれた微塵切りの玉ねぎとすりおろしニンニクが異彩を放つ。タケオカ式と呼ばれるラーメンの代表的な様式の一つだ。
問題はその量である。
仲良く半分ずつ…だとしても過剰ではあるが、勿論マージンとフツキはそんなパフェを分け合う初々しいカップルのような間柄ではない。
フツキが眼前のキングスライム級のラーメンに慄いているうちに、マージンの前にもカウンターをドズンと揺らして同じラーメンが姿を現した。
「漢と漢の勝負に引き分けなんて無ぇ。そう思うだろ、フッキーも」
「…何の話だ?」
こういう流れは毎度お馴染みであるが、今回も例に漏れず話が読めない。
「俺はあの日、ハンバーガーの早食いで敗北を喫した…」
明確に優劣がつかなかった、それすなわち、敗北と同義である。
「………あ~…確か…ダンさんと勝負したんだっけか」
海底離宮をめぐるクエストの直後、所用があってフツキはすぐにヴェリナードを離れたが、マージンはヴェリナードでフードファイトを繰り広げたというのはフツキも伝え聞いていた。
「再戦の刻まで、俺は己に磨きをかけると決めたのだ」
ざっくり見積もって5キロはありそうなラーメンは、その修行という訳か。
「…そこまでは理解したが…何で俺なんだ…」
強い目眩が起こるが、それはけして霧のようにたちこめる醤油の薫り高い湯気にあてられたわけではない。「そりゃお前、ハクトやティードさんをこんなただれた食生活に付合わせる訳にはいかんだろ」
「俺にも気を使え、マジで」
諦めて割箸を手にとり、開戦の法螺貝代わりにパキリと割った。
まずは一口、麺をたぐる。
「おっ…」
チャーシューを煮込んだ煮汁をそのままベースとし、先程から鼻をくすぐる通り、濃い口の醤油をふんだんに用いて仕上げたスープは塩味がガツンときいている。
好みが分かれる味だが、幸い嫌いではない。
乾麺を用いていることもタケオカ式ラーメンの特徴であり、それ故、麺がしっかりとスープを吸い、味のパンチを増強している。
分かってはいたが問題は量である。
制限時間30分以内に食べ切れば、代金は無料のシステムである。
この食事をマラソンと捉え、ペースを保ってはや5分食べ進めたフツキとマージンであったが、敵は姿を見せた時と変わらぬ圧で立ち塞がっている。
脂身がしっかり残るトロトロのチャーシューもまた厄介だ。
口に運べば溶けるような食感と蜜のような極上の肉の甘みに加えて、確かな重さが胃を苛み、そのチャーシューが器一面に折り重なって広がる様は廃屋の瓦屋根を一枚ずつ撤去しているような果てしなさで心を穿つ。
自分でも馬鹿だと思うが、なかば騙されたと言っても過言で無い状況とは言え、供された食事を、そこに注ぎ込まれた食材を無駄にするのは冒険者の流儀に反する。
「やってやる…やってやるさ…」
壮絶な戦いの果て、完食こそすれ制限時間をオーバーし、ちゃんとお代を払ってフーセンドラゴンのような身体を引き摺り帰路につく2人であった。
翌日。
一流の冒険者とて、暴食のツケは確かな腹回りとなってその身に纏わりつく。
「はい、ワン・ツー、ワン・ツー、ワン・ツー…動き鈍って来てるよ!?」
「ひぃ~…きっつぅ………」
「何で…俺まで…」
受難は続くよどこまでも。
もとのマッシブな身体を取り戻すまで、今度はマージンともどもティードによる厳しいブートキャンプに巻き込まれるフッキーなのであった。
~完~