底冷えのする寒さは負傷からくるものか、はたまた、ふわりと天魔ミイラの肩に腰掛けた操られしヤマのまとう冷気ゆえか。
二人は新たに現れた天魔の骸骨に対し、あからさまな殺気を放っている。
敵の敵は味方という言葉があるが、こうも状況が込み入っていれば、いずれかを味方とみなす暇もない。
一対多という状況は経験豊富なかげろうなれど、敵の中に首を落とすわけにはいかない相手がいるというのもまた厄介だ。
切っ掛けをうかがうかげろうの前で、遂には天魔同士が争いを始めた。
骸骨の方は徒手空拳、どこか舞を思わせるゆらりとした身体運びは、まさしくカルサドラ火山で相対した天魔クァバルナを思わせる。
刀を交える中で、急所をあえて外すような刀裁きであると訝しんだ通り、まことに憎たらしい話であるがやはり先までのゾンビは本気を出していなかったらしい。
加えて急いているように感じたのは、骸骨の襲来を恐れていたからだろう。
かげろうは減り続ける体力に気を払いつつ、攻め手を何通りも想定した。
相手は『飛車』『角』、おまけにこちらの『玉』を人質にしている。
己はせいぜいが『銀』、どう詰めても、一手足りない。
さて、どうしたものか。
ほぼほぼ凍っているとはいえ、背中の出血は完全に止まってはいない。
太腿を伝う血の微温さを感じながら、かげろうはさらに思惑を巡らせる。
その背をいなりは然と見ていた。
逡巡を隠さない、いや、隠せない様は、万全のかげろうならばありえない。
そうまでかげろうが追い込まれているのは、自分のせいだ。
この人の前で無様は晒すまいと決めているというのに、動揺して刀を落とすなんて情けない。
立ち上がりざま、運良く近くに投げ捨てていた鞘を拾う。
今のコンディションならば、より得意とする一刀の居合に絞るべきだ。
「まだ戦えます。いえ、戦います」
今にも蹌踉めき倒れそうなかげろうに並び立つ。
立っているのがやっとだとしても、この人は支えられる事を是としない。
「何だ、意外と立ち直りが早かったな。休んでて良いんだぞ。今から超カッコ良い所を見せてやるから」
「わあ、それは惚れちゃいますね。困ります」
「たまげるほど棒読み!哀しいなァ!?」
じっとしていたお陰で、軽口を叩ける程度に心のあそびも仕上がった。
冗談はさておき、いなりの参戦は有り難い。
これなら、あと一手が成る。
「いいか。最優先は、ヤマの救出だ。ヤマをあの化物どもから引き離す。それだけを考えろ。他一切は捨て置け。…いいな?」
「でも、催眠はどうしましょう?」
「それは私に聞くな。私は刀を振るしか能がない。助けた後は接吻でも張り手でもタライでぶん殴るでもして、正気に戻せ」
「行き当たりばったりですか…」
「冒険者らしいだろう?」
すっかり血の気が引いた青い顔で、にかりと笑う。
「…往くぞ」
スイッチを入れたかげろうの気迫に気温が下がる。
目にも止まらぬ拳と蛮刀、炎と氷のぶつかり合いに割って入るにはどうするか。
簡単な話だ。
それを上回る速さで斬ればいい。
自身の切り札とする交差式逆手居合、『遠雷』。
それを背中の捻りだけで崩し、一撃目と二撃目を相対するそれぞれに喰らわせる。
一撃目を受けた骸骨は直に受けて弾け飛び、二撃目であるぶん、そして刀の扱いに長けている故かゾンビの方はからくも刃で受けるが骸骨同様に大きく後退った。
いなりの実力は、惚れた弱みを抜きにして『香車』といったところだろう。
そう、『香車』だ。
覚悟を持って踏み込めば『金』と成り、『両取り』だって容易い。
だから、最後の詰めを託せる。
ああ、そうだ。
あの時の一太刀も、実に見事だった。
今際の際に、かつて自らの首をかすめた愛しい刃を思い浮かべ、かげろうは血溜まりの中に倒れ込む。
大きく背を捩った事による当然の帰結として、かさぶた代わりの凍った血は砕け散り、出血量は意識を保てる限界を超えていた。
続く