「ヤマ!!」
距離が開いたことにより、形勢の不利を悟っていた天魔のゾンビは転移の魔法陣を敷き、地に潜るようにヤマもろとも沈み込んでいく。
しかし今なら、間に合う。
いなりの全力で駆ければ、ヤマに手が届くだろう。
一方で、もはや転移の妨害は間に合わないとなり、腹いせのつもりなのだろう、体勢を立て直した天魔の骸骨は、倒れ伏したかげろうに向かい爪を振り上げていた。
この場で助けられるのは、どちらか一人だけ。
まったく、この人は。
何度もヤマの救出だけに集中するよう、念を押した理由が、これだ。
「必ず助けに行く!助けに行くから!!今は、ごめん!!!」
ただひたすらに悔しいのは、二人共を助ける技量が己に無いことだ。
この瞬間を切り取るように深く深く息を吸い、肺のうちに閉じ込める。
地が割れる程に踏み込んで、駆ける狭間でその力を脚から腰、胸、腕へと流す。
握りしめる鞘がみきりと悲鳴をあげるのも構わず、かげろうと天魔の骸骨との間に身を捩じ込んだ。
限界まで見開いた瞳が、狙うべき場所を射貫く。
そこは、かげろうの遠雷が打った箇所。
如何に万全の状態でないとはいえ、この人の刃を受けて、無事なはずがないのだ。
天に向かい大きく仰け反り、本来であれば立っていられるはずもない姿勢を無理矢理に筋力で成し遂げる。頭上から振り降ろされる骸骨の腕のただ一点、コンマ数ミリにも満たない接触点を見据え、限界まで溜めた膂力を解き放つ。
音もなく空を斬るように振り抜かれた刃の速度は、かげろうをもってしても知覚の外。
ゆっくりと刀を鞘に納めたところで、ようやく世界がいなりに追い付いた。
ぱかんとよく乾いた音をたてて、掌から腕、そのまま胸に至るまで真横一文字に切れ目が走り、更には衝撃で空高く吹き飛んで、天魔の骸骨はバラバラに雨の如く降り注ぐのであった。
「どんどん体温落ちてる!何でもいい、燃やせるもん全部燃やしてじゃんじゃん湯沸かして持ってきて!!!あと包帯と薬草!ありったけ!!!」
当たり前といえば当たり前の話だが、死霊系モンスターはとかく、死に汚い。
ばらばらに散った骨それぞれが転移の魔法陣を敷き逃げに出るのを黙って見送り、浴衣を裂き包帯の代わりとして最低限の運べるようにするための止血を施したかげろうを担いで屋敷になだれ込むと、いなりは大砲の如き号令を飛ばした。
「かげろう様!?大変!ヤマもすぐに起こしてきます!!」
いなりの声に最初に駆け付けたのは、やはりオスシだった。
「ヤマは…いない」
「え?」
「その話はあと!」
「は、はい!」
一瞬、姉が見せた苦々しい表情は忘れがたいが、それで優先順位を間違えるオスシではない。
いなりとともにかげろうを支え、布団まで運ぶ道すがら、続くように起きてきた住み込みの使用人や門徒にテキパキと指示を出し、さらには治癒呪文を使える神父を呼ぶよう使いを出した。
使い込みクセの染みた神経までも更地に戻ってしまう為、いなりも治癒呪文を嫌うくちであるが、この状況ではオスシの判断に口を挟むつもりはない。
たとえ後々叱責を受けようと、助けるために出来る事は何だってする。
やがて傷もとりあえずは神父の呪文で塞がったものの、失われた血液と体力まではどうしょうもない。
夜明けの足音を感じながら、ただそっとかげろうに寄り添い、その手を握り続けるいなりであった。
続く