「まずいッ!魔博士のゾフィーヌっつったか!?ホンットにろくなことしやがらねぇ!」
わかめ王子の姿をしたアマセが舌を打つ。
うたを得意とするわかめ王子の身体は、アマセの操る古代呪文『コダマ』と相性は良いのだが、如何せん、大気中と水中では伝播速度の違いもあり狙いが定まらない。
「まさか、海の魔女のもとへ行ってる間に封邪の箱が盗まれるなんて!何としても取り返さないと!!」
タコメットの姿をしていようと流石は盟友、ユルールは本来持ち得ない余剰の手脚にもいち早く慣れ、海水をかき猛追をかけるが、一歩及ばない。
「献義体の素材を探すついでに沈没船の中で見つけた年代物のこのカニ酢!せっかくなら最高のカニで賞味したいのであ~~~る!!小癪な封印が施されとるようであるが、なに、この程度、ちょちょいのちょいである!!」
『海神の秘薬』にて海中に適応すべく姿を変えているユルール一向に対し、口と言わず鼻と言わずガッボガッボと空気を吐き出しながら、溺れているのも全く意に介さず、青白肌に立派な髭を蓄えた魔博士ゾフィーヌは、シャークキングダムから盗み出した海邪甲デプスロガンの封ぜられた箱を高々と掲げるのであった。
かつて『海神の秘薬』を用いたアマセとマージンの一夏の悪巧みは、二人の心と臀部にけして浅からぬ傷を残して幕を下ろした。
しかし、それしきでくじける助平兵団団長ではない。
「考えてもみれば、欲をかきすぎたのがいけなかったんだ」
今度こそは、一点の不安要素もない計画である。
「海に入って近づかずとも、そこには楽園が広がっている。ただ浜辺に悠然と寝そべり、景色を楽しむだけならば、かの憎き赤ゴリラですら邪魔立てはできまい」
何故か行方のしれない師にして戦友であるアマセを抜きとするのは心苦しいが、海開きの予定日は過ぎている。
夏は走り去るのみ、待ってはくれないのだ。
「完璧ですなーーーっ」
「流石ボス、痺れるような作戦だぜ」
マージンの演説に、兵団の面々から称賛の声と拍手が巻き起こる。
花柄も爽やかなハーフパンツタイプの水着をお揃いで身にまとい、ジリジリと肌を焼く陽射しを全身に享受しながら、キュララナビーチへ続く細道を駆ける助平兵団であった。
のだが。
「おう、若えの。せっかく来てくれたのにすまねぇな。待望の夏が来たってのによお。こんなんじゃあ海開きはできなくてなあ」
果たして海岸では水着のうら若き方々ではなく、ビーチの主たるアロハシャツの老人ムーロンがライフセーバーの屈強なオーガ達を引き連れて荒れ狂う海を睨んでいた。
「な、なん…だと…!?」
違う、そうじゃない。
確かに、脱いだら凄いを期待してやってきたわけだが、ビーチの守護神ことゴウレを筆頭とした、パンプアップされた大胸筋や上腕二頭筋を見に来たわけではないのだ。
まるで結界の如く、キュララナビーチ一帯の上空を黒く分厚い雲が覆い太陽を隠し、さらには激しい雨と風で嵐の様相を呈している。
一方、振り向けばさんさんと日差しの照るキュララナ海岸が見えている。
明らかに異常な気象であった。
「馴染みの冒険者が今調べてくれちゃあいるんだが…あん?あれは…?」
ムーロンが怪訝な視線を向けた先、砂浜の一画、出鱈目な泳ぎ方で辿り着いたわかめ王子は、陸に上がるなり姿を変えた。
「っはぁ!しんど!!…っと、お~い!この辺りは戦場になる!とっとと避難を…って、おいおい、渡りに船ってやつか!!」
髪の中に未だわかめを残しつつ、薬の効果が解除されたアマセは浜辺にマージンの姿を見つけニカッと微笑むのであった。
「シア!ヨナ!僕の後ろに!!」
その頃海中で、ユルールはハイドロウェイブの水流を前に盾を構えた。
しびれくらげに転じたシアとマージスターに転じたヨナの支えもあれど、手脚が八本に増えていなければきっと押し流されていたであろう強烈な水流を何とか凌ぎきる。
「ユルール様、狙いが読まれています!」
海神の秘薬の影響か、普段シアの手により召喚されるがいこつもまたバイキングソウルに強化され、ユルール達とともに封印を解かれたデプスロガンとここまで小競り合いを繰り広げて来たが、ハイドロウェイブで粉々に砕け散った。
「分かってる!でももう、僕らの間合いだ!!」
「行くよ!!サイクロン…アッパーーーッ!!!」
水流の収まりと共にユルールの背後から飛び出したヨナは小さなマージスターの身体を目一杯に錐揉み回転させながら渾身の一撃を繰り出した。
「ギガ…スラストッ!!!」
ヨナの拳はトンネルのような渦潮を巻き起こしデプスロガンを取り巻く。
その中心を真っ直ぐにユルールの鋭い突きが貫いて、デプスロガンの巨躯を吹き飛ばすのであった。
続く