意識ははっきりしているのだが、どうにも身体も頭もふわふわとする。
ああ、明晰夢というやつだと、ウェディの少年は察した。
でなければ、寝起きざまにいきなりこんな至近距離でドラゴンの顔を拝むことなんて………いや、これまでにも、まあまああったな?
その気になればこちらなど軽く一飲み、人智を遥かに超越した相手を前にしても欠片も恐怖を感じないのは、あの嵐の夜に見たドラゴンとよく似ているからか、もしくはその瞳が、何処か、父親のような暖かみを孕んでいるからだろうか。
「ずっと君に、聞いてみたいことがあったんだ」
それはドラゴンの姿に相応しくない、優しく穏やかな声だった。
「君の人生が誰かの描く物語で、いつか、最終回を迎える日が来るとしたら、どう思う?」
ドラゴンの問いかけには、どこか恐れるような声音が含まれていた。
「…夢の世界の中でユルールを助けた時は、子供の頃読んだ冒険物語に助けられた。ガイアの剣だって、海底離宮でマリクと一騎打ちした時の稲妻の剣もそう…」
少年は瞳を閉じて、旅の想い出を振り返る。
「………」
紡がれはじめた答えをゆっくり噛み締めながら、ドラゴンは続きを静かに待つ。
「何だろうな、上手く言えないんだけど。………物語…お話って、終わりを迎えて始めて、生まれるんだと思う」
言葉がうまく形にならないもどかしさに頭をかきながら、少年は続ける。
「立寄った街での出来事…強敵との鍔迫り合い…その全部が、それぞれに輝いてる。でも…その最後に、最っ高のハッピーエンドがついてこそ、もっと、その旅路が素敵に見える」
終わってしまうことは悲しいけれど、それはきっと、物語にとって必要で、とても大事なことなのだ。
「そして、そんな素敵な物語達が………この胸の奥の沢山の物語が、アズの力と交わって、俺の冒険を支えてくれたんだ。確かにその物語はどれも、とっくに終わりを迎えてる。でも、俺の胸の中で、ずっと続いてるんだ。だから、俺の物語ってのがあるなら、最終回は、笑って迎えられる」
ドラゴンはただ静かに、少年の答えを受け止めた。
「………………………と、思う、ます」
びしっと言い切ったつもりだが、その後の沈黙に耐えきれず、少年はしどろもどろになった。
その様子にドラゴンは頬を緩める。
『も~~~っ!ソウラーーーッ!いつまで寝てるのさっ!?置いてくよ~っ!』
会話の終わりを待っていたかのようにタイミングよく、少年とドラゴン、二人だけの空間に太陽のように明るい声が響いた。
「そろそろ行きなさい。君のプリンセスが、しびれを切らしているぞ」
促されてガバッと起き上がれば、見慣れたグレンの宿屋。
「………ん~…?」
何か変な夢を見た気がするが、内容はさっぱり思い出せない。
続けて響く仲間たちの声に急かされて、具足を身にまとう。
「わりぃわりぃ、おまたせ!」
往来をかけてゆく四人の後ろ姿を、物陰からこそっと見守るブリキ頭の姿に気付く者は誰もいない。
何処までも広がる蒼天と同じく、冒険の旅は、まだまだ続いていくのだ。
~完 しかし冒険の旅は続く~