「………」
やがて昼も過ぎ、朝早くから開かれていた市は幕を下ろして、ほとんどの店主が撤収作業に追われる慌ただしい光景を、再び本堂の石段に腰掛けてロマンは眺めた。
祭りのあととでも呼ぶべきか、境内に満ちていた活気が緩やかに冷めていく様もまた、物悲しくも美しい。
「市はどうだったかね?楽しめたなら幸いなのだが」不意に、背後から声がかかる。
朝方の白いカラスを連れた老紳士が静かに佇んでいた。
「…ホント、よく出来てるな」
ロマンが含みたっぷりに切り返すのは、白いカラスの事ではない。
「おや、お見通しだったとはな」
操り糸を切られたマリオネットのように、老紳士の姿がばらりと関節毎に腑分けられて散らばり、そのままふっと姿を消して、その場には白いカラスのみが残った。
「大事な身体を任すんだ。プランもそれも含めて、俺っちを見定めてたんだろ?向かって左の向拝柱。地上から5尺6分1寸から8尺1分までの長い亀裂。縮尺を合わせたらお前さんの右脚のピッタリの位置に損傷がある。ちょいと前にドルセリオンっつう、仲間の巨大兵装を縮小した可動モデルを作ったことがあってな。それでピンときた」
他にも翼の抜けと瓦の損傷具合など、ロマンにとっては気付かない方が難しいくらいの話ではあったのだが、ロマンのもとまで依頼がまわってきたということは、これまでの宮大工は誰一人として白いカラスの正体に気付かなかったということなのだろう。
「…おっと。神様の使いか、神様そのものか、何にせよお前さんとか失礼な呼び方をして申し訳ない」
「構わん構わん、こちらこそ、試すような真似をした無礼を詫びよう」
ひろげた羽をかしづいて、白いカラスは深々とロマンに頭を垂れた。
「…で、うん、そうだな………要望は良~~~く分かったよ。この身体で、ずっとこの光景を眺めてきたんだ。そりゃあ、この先も手放したくはねぇよなぁ」
ロマンはそっと柱に手を添え、本殿を見上げる。
「…この質感と残り香、モリナラとヴァースの樹木を使ってるな。一端バラすが、くぎの一本までもとの素材は全部使って組み直す。亀裂の補修や縮んだ分のあて木は必ず同じ産地の木材を使おう。廃屋をあたって、年代も出来る限り近いものを探す。どうだい?」
「うむ、うむ」
ロマンの提案に白いカラスは満足気に何度も相槌をうつ。
「しっかしな、か~な~り金はかさむぞ?」
「そこは管長の夢枕に立ち何とかしよう」
「よし、決まりだな!」
パンと膝を打ち立ち上がる。
「明日にでも、見積もり持って来らぁ!」
「明日!?こちらも夢枕に立つには色々と準備がだな…」
「善は急げ、だぜ?」
ニカッと笑ってヒラヒラと手を振ると、石段をくだるロマンであった。
かくしてのち、遷宮の成った日。
かねてよりの息づかいを残して生まれ変わった本殿の上に、人々は大きく翼を広げ舞い上がる立派な白烏の姿を見たというが、真偽の程は定かではない。
完