(まずいですわね…)
イルマの拳速がまだまだ増していくであろう事は、対峙しているマユラが一番に痛感している。
このまま鍔迫り合いを続け、イルマの全速力を受けてみたいという欲求と、勝ちをとる為、再度イルマに技を使わせようという目論見。
どちらも魅力的な2つの選択肢に迷いあぐねた果て、マユラはあえて隙を見せた。
「華麗脚!!」
誘われているのは百も承知、そのすかした余裕ごと磨り潰す。
ヒャダインをまとった7発の連続蹴りがマユラに迫る。
「火炎裂空脚!」
しかし、閃熱を伴う丸太で薙いだような回し蹴りがイルマの攻撃の全てを呑み込んだ。
「腰に来るものだから蹴りが撃ち辛いわね………最近は鍛錬不足かもだわ。やっぱり腰は大事だわよね~」これまで攻撃にも防御にも拳のみを使うことで仕掛けた、足技はないであろうというブラフをこの上ないタイミングで活用したのだ。
氷を伴う技を使ったことでイルマの動きは再び鈍るはず。
「…ッとぉ!?」
しかし予想を裏切り間髪入れずに突き出された拳。
辛うじて受け止めたイルマの拳は先程までと同様、いや、それ以上のキレを伴っていた。
「そうか。喰ったのね!」
「ハハハッ!火を入れてくれて、ありがとうよ!」
マユラの右脚が薙いだ空間、そこに残る炎熱に飛び込んで、自らの身体を解凍したのだ。
面白い。
面白い面白い面白い!
互いに壮絶な笑みを浮かべ次の一手に移ろうとした所で、鐘が鳴り響いた。
「………え~と…まことに申し上げにくいのですが…両者、リングアウトで失格です」
「えぇ!?何ですって!?」
「何だと!?」
当事者たちのみならず、観客席からも嵐のようなブーイングが飛び交う。
当人たちに加えて熱中していた観客たちも誰一人として、1メートルもの厚みのあった石造りのリングが粉微塵に跡形もなくなっていることには気付いていなかったのだ。
前代未聞の事態ではあるが、ルールはルールである。かくして、この先数十年は語り草となる一戦は、何とも呆気ない幕を下ろしたのであった。
かくして連れ立って遅めのランチに繰り出した二人の背にはそれぞれ、一年分にはとても満たないが取り急ぎの米俵が積まれている。
主催側としても優勝者に渡すべく用意したものであるし、何よりも1メートルの厚さの岩盤を粉砕する淑女2人に逆らえる筈もない。
優劣はつかなかったが、あくまでも穏便な交渉のもと、副賞はマユラとイルマの山分けとなったのだった。
「あ~、今日はホントに楽しかったわ!でもいつか必ず、決着をつけましょうね?」
「望むところだ」
「そうだ、自宅の住所を教えてくださる?私の分のお米も、送っておきますわ」
満腹になり往来に出た所で、マユラは唐突にイルマに切り出した。
「は?何で?」
「見ての通り、私ゴールドには困っていませんの。暇な時は調理ギルドに顔を出しているし、今日のような大会での賞金もたくさん頂いておりますもの。なのでこの副賞は、必要なところに持っていくべきだわ」
飯処への道すがら、荷物や話の端々から、イルマの実家が孤児たちを抱えて困窮していることは伺い知れた。
「…あ、勘違いしないでもらいたいわ。哀れみとか施しとか、そんなつもりはなくてよ。いずれまた貴女とは、心配事の無い万全な状態で再戦したいの。だから私は私のわがままで、お米を押し付けるのですわ」
マユラはふと、ランガーオ山地を背負う丘の家に住まうプクリポの娘たちを思った。
テルルからの依頼で今回は随分と長く家を空けている。
今でこそ軌道にのったが、自分もまた、彼女らを引き取った頃には苦労をしたものだ。
そして何より一番に、これから親友に会うというのに、肩に小脇に米俵を担いだコーデもあるまい。
どんな食いしん坊さんなんだという話である。
「…何から何まで、狡いやつめ。まあそれなら、有り難く受け取ることにする」
やっと嫌味のない笑みを浮かべ、俵を満載した大八車を引くイルマを見送り、踵を返す。
「さて。テルルが間借りしてるお屋敷は、どちらだったかしら?」
マユラは顎に人差し指を立てて、しばし思案ののち、いなりの屋敷へ向けて歩みだすのであった。
続く