新鮮な鶏肉を前に肉食獣と化したかげろうが、どう、どうといなりに宥めつかされる中、鴨ネギの本題がヒッサァより語られる。
「こちらに納品されたという、踊り子の装束をあらためさせて頂きたい。踊り子の装束を作る際には、オグリドホーンが必要になります。件の装束に使用された物は、魔物を引き寄せる可能性があるのです。玄関周りの惨状は拝見させて頂きました。恐らくそれも…」「不躾だな」
座礼しあくまで穏やかに丁寧に請い願うヒッサァの言葉を、あぐらをかいたかげろうは家主を差し置いてピシャリと遮った。
「他人様の物を拝ませてもらおうと言うんだ。何故引き寄せるのか。そこを語るべきではないのか?」
「それは…」
言い淀むヒッサァに対してさらに厳しく告げようとしたかげろうだったが、不意に深々といなりが頭を下げたものだから言葉を飲む。
「何か事情があるのでしょうが、私の妹が魔物にさらわれているのです。何でも構いません。教えてくださいませんか?」
いなりは額を畳につけ、拳は爪がささり血がにじむ程にくいしめられている。
かげろうの言葉は正しい。
このようにいなりの側に謙られるだけの誠意ある行動を、自分は欠片も出来ていない。
何よりもそれが歯痒くて、ヒッサァは唇を噛み締めた。
苦い血の味がじわじわと拡がっていく。
そもそも、対処療法のような後手に回る今回の部族連合のやり方に一番不満を抱いていたのは、他ならぬヒッサァ自身であった。
この手のトラブルは現場百遍、現地を入念に調べてこそ速やかな解決が図れる。
オグリドホーンの回収を任されたヒッサァもまずは破壊された白姫の祠の調査から始めようとした所を、場所を教えてもらうことすら禁足地として却下されてしまったのだ。
たとえ禁足地であろうと、常識的な対応ではない。
これ以上の被害者を出さぬ為にもまとめ役である酋長のグランザに食い下がったヒッサァであったが、残念ながら主張は通らなかった。
故にせめての代替案で出来る限りの人数で街道を警護することで妥協した。
それは、大いなる間違いだった。
是が非でも聞き出すべきだったのだ。
禁足地がなんだ、知っていようものなら、直ぐにでも口を割っている。
悔しさと不甲斐なさにただただ頭を垂れるヒッサァの人となりと心情に気付かぬほど、らぐっちょは浅い付き合いではない。
ここは鳥肌、いや、一肌脱ぐべきだろう。
「踊り子の装束の素材となったオグリドホーンと縁深い場所。ワタシそこ、多分わかるでありますぞー?」全員の驚きの眼差しがらぐっちょ本人ではなく頭上の鶏へと集中したのは、何とも蛇足な話である。
続く