どさりと男と白姫が倒れ込むと同時。
離れた位置に転がる天魔の死体が、息を吹き返す。
「…ッぶぐ…はぁ…クソッ…まだだ…我は不死…永遠に不滅…」
ゼキルの聖杭が突き刺される直前、天魔は男の身体から逃げ出していたのだ。
しかし向かう先といえば、霊的な繋がりを持つ致命傷を負った元の身体の他はない。
しかし僥倖かな、生贄がのこのことこの場に現れたのだ。
魔力あらたかな一角の者の肉身を喰らえば、この身体を再生することも容易い。
血を浴びせて、新たな身体とするも良い。
にたりと笑った天魔であったが、すぐにその笑みは凍りつく。
「何で、生きている」
最後の力を振り絞り立ち上がろうとする天魔の身体を、凍えるような静かな怒りをたたえた呟きとともに、巨木のような氷塊が無数に打ち据え吹き飛ばした。
「何でこんな…無駄な力…」
怒りと怨みが頭から爪先まで満ちに満ちる。
それが引き金となり、白姫は生まれて始めて、その膨大な魔力を解き放つ術を手にした。
吹雪に閉ざされたこの地に相応しい、氷を操る力。
次から次へとその身を上回る巨大な氷塊を生み出しては、天魔へ向かい投げ放つ。
こんな無駄な力があって、何になる。
どうして傷を癒やす力ではないのだ。
どうして死者を蘇らせる力ではないのだ。
どうしてせめて、穏やかに逝けるよう、寒さを和らげる火の力ではないのだ。
悲嘆にくれる白姫の腕の中で、亡骸はどんどんとその熱を失っていく。
こんな力、何の役にも立ちはしない。
「馬鹿な…これ程の力を…おのれ…」
せめてこの血の一滴でも生贄の女に飛んで触れれば、その身体を奪えようものを。
しかし制御もなく吹き荒れる、白姫の怒りと哀しみが具現化したかのような冷気が、潰れた肉から吹き上がる血をたちまちに凍らせる。
天魔が憎い。
私のためにと天魔を討つよう彼をそそのかした村の皆が憎い。
そして誰よりも、彼を殺した、己が憎い。
私さえ生まれてこなければ、彼が今日、死ぬことはなかったのだ。
天魔がそこに居ないのであれば、これ以上彼の亡骸を辱める必要はない。
ゼキルの聖杭をそっと引き抜き、空いた胸の穴を氷で埋めた。
聖杭を尖端に据えて作り出した巨大な氷の槍を、天魔の頭上から撃ち下ろす。
かくして天魔は、その身に突き刺さったゼキルの聖杭とともに地中奥深くまで埋められ、数千年の後にケルビンによりゼキルの聖杭が引き抜かれるその時まで、深い眠りについたのであった。
続く