「あらあら、新種のじめじめバブルかと思ったら」
イルマと別れたのち、テルルを訪ねいなりの屋敷へとやってきたマユラは、通された客間の柱に背をもたげると、負のオーラをまとって部屋の片隅に体育座りしている生物を楽しげに眺めた。
「…屋敷が魔物の襲撃を受けてかげろうさんが大怪我を負い、家人が攫われた。手掛かりを掴んで皆とっくに旅立ったというのに、今までずっと眠りこけていました、って顔してるわね」
「…みなまでよく…お分かりで…生まれてきてゴメンナサイも追記して下さい…」
後悔ないしは懺悔の様相が実に雄弁に顔面に書き記されているのは、新種のじめじめバブル、ではなく歌姫テルルである。
しかしそれもやむなしかな、いなりたちの剣舞の楽曲作成から振り付けの考案、そして日中はみっちりと練習を監修し、さらには徹夜で白姫の伝承を辿る………ExtEの五大陸弾丸コンサートツアーの時でさえ、今よりは楽だったのではなかろうか。
オスシが今朝方、緊急時で一人でも多く人手が欲しかったにも関わらずテルルを起こさずただ毛布をかけていったのも、勿論嫌味など無く純粋にテルルのここ最近の激務を慮ってのことである。
たまたま本当に運悪く、いなり邸が天魔の襲撃を受けた時に限って、寝落ちからの爆睡をかましてしまったとて、それを責める者は誰も居ない。
ただ一人、テルル本人を除いて、ではあるが。
「しゃきっとなさいな。挽回できるものも出来なくなるのだわ」
「そうだ!それ!!頼んでたの、どうなった!?」
ここ一ヶ月ほどテルルが親友のマユラにお願いしていたのは、『口伝』の調査である。
書物には残らない、代々語り継ぐ事でのみ伝えられた話の中からも、白姫の真実に近付こうとしたのだ。
クエストは勿論、コンサートやファッションショー、アストルティアの各地を共に巡り、顔が広く社交的なマユラにうってつけのお願いであった。
「今回はずいぶんと骨が折れたわよ。でも充分、その甲斐はあったのだわ」
マユラは劇場の舞台に上がる女優のように、胸に手をあて瞳をとじて、すっかり頭に染み込んだ白姫にまつわる口伝をしめやかに詠みあげる。
しかし残念ながらその内容は、既にテルルが知る白姫の物語と相違は無い。
マユラにもそれはよくわかっているはずだ。
であれば甲斐とは何なのか、テルルはマユラに先を促す。
「話が聞けたのは7つの部族。歴史的な事を加味すれば、事が起こった当時から現存する全ての部族に話が伝わっている事になるわね」
「うんうん」
「各部族の集落間はそれぞれかなりの距離もあるのよ。でも、伝わっている内容が全く同じなのだわ」
既に風化していてもおかしくない遥か昔の伝承が、僅かな言い回しの違いこそあれど、起承転結、要点が綺麗に一致しているのだ。
「まったく、三文小説のベタなアリバイじゃあるまいしね。これは、今に至るも定期的に話の口裏を合わせ続けているとしか、考えられないのだわ」
「…何のために?」
「さぁ?今からそれを、2人で確かめに行ってみない?」
「それ、アリ!!行こう行こう!!!」
どうせこれ以上、失態を重ねようもないのだ。
途中、マユラとテルルにとお茶を運んでくる途中だったオスシとすれ違いざま、無作法ながら廊下の真ん中で熱々のほうじ茶を眠気覚ましに火傷しながらぐいと頂き、いなり達に遅ればせながら屋敷を飛び出していく2人であった。
続く