「やはりここが…」
オーグリード大陸はラギ雪原、その更に奥深くへと。らぐっちょの情報を裏打ちするように転がる、何者か、おそらくは祠を荒らした採掘者により切断されたと思しき禁足地を囲んでいたしめ縄の名残を乗り越えて、一行は更に進んでいく。
「………来たか」
「居るのではないかと、思っていました」
やがて長らく続いた人一人分の幅の小道を抜けた先、僅かに開けた場で、防寒対策を万全に施したヒッサァ達に対し、普段と変わらずその筋肉の鎧とも称される上半身をあらわに、タワーランスを地に突き立てたグランザが佇んでいた。
先頭を進んでいたらぐっちょを庇うように、ヒッサァは前に歩み出る。
「ただちに引き返せ。さすれば今回だけは見逃してやろう」
ラダ・ガートの再来と謳われた旺盛な肉体、生き写しのような精悍な顔立ちに、瞳だけが深く暗い虚を抱えている。
「そうはいきません。俺は、伝統よりも何よりも守るべきものがあると、祖父に教わりました。…2人とも。行ってください。すぐに追いかけますから」
不死鳥のやりを構え、グランザと対峙する。
グランザの刺すような視線を感じ尻込みしつつも、らぐっちょはいなりを連れてぐるり外周を回って先へ出る。
牽制に槍を構えたヒッサァではあったが、何となく感じた通り、グランザは2人に手出しをしなかった。
次第にいなり達の背が遠ざかっていく。
「祠に近付くことは許さぬと言った」
視線をヒッサァへと戻し、グランザは淡々と語る。
「………若輩と謗られることは構わない。事実、俺はまだまだ未熟だ」
「殊勝なことだな」
グランザはタワーランスを手に取り、両手剣のように正中に構える。
「しかし、その未熟を言い訳にしてはならないと、俺は自分自身に課している!」
「…青い。唾棄すべき青さだ」
言葉のみではもはや解決はないと、互いに知っていた。
疾走の勢いを載せた跳躍からの、唐竹を割る一閃をヒッサァは真っ向から受け止めた。
槍というよりは棍に近いタワーランスの形状がグランザの怪力を余すことなく引き立てている。
ヒッサァの全身を走り抜けた衝撃が地を砕く。
生意気にも受け流そうなどとしていたら、その目論見ごと両断されていただろう。
尚も続く押し込みに不死鳥のやりがしなる。
幹の柔軟さを利用してタワーランスを弾き、身体の回転を加えて横一文字、ヒッサァの渾身の薙ぎ払いはしかし、グランザの片手で操るタワーランスに受け止められた。
(分かっていたが…強い…!)
こちらを見下ろす視線が、遙かランドンの頂の如く高みに感じる。
「…お前の考えが間違いだとは言わぬ」
尚も槍撃を繰り出すヒッサァに対し、その全てを容易くいなしながら、グランザは諭すように口を開く。
「個々の間であればそれでよいだろう。だが、事は部族連合全体に関わるのだ」
「集団の…利益のために!個は、切り捨てろと!?」ヒッサァもまた、槍と言葉で食い下がる。
「無論だ」
二人の価値観のどうしようもない隔絶を示す断言と共に、僅かなヒッサァの隙をつき、タワーランスが袈裟に振り下ろされた。
誰しもが完全に捉えられたと思わざるをえない一撃を、しかしヒッサァは踵で地を蹴り後ろへ飛んで、すれすれで回避する。
しかしそれすら想定の内、ヒッサァとの距離が開いたところですかさず、グランザは槍を両手杖代わりに呪文を詠唱した。
かつての闘技会で垣間見た、彼が得意とするジバリア系統、その極大の御業。
「…ジバルンバサンバか!」
既に詠唱は終わり、発動を待つのみだ。
この狭い戦場、退くという選択肢がない以上、唯一の安全圏であるグランザの懐に飛び込む他ない。
(…いや…何か…おかしい)
打開策がある大技を、手の内を知る相手に仕掛けるか?
グランザは、そのように甘い相手か?
しかしもはや、自分の判断を後悔する時間は、ヒッサァには残されていなかった。
「ぬうん!!」
頭上に掲げたタワーランスを風車の如く振り回して勢いをつけ、しかしそれをヒッサァではなく大地に目掛けて突き立てる。
「…馬鹿なっ…!?」
穂先から地に追加で捩じ込まれた魔力は、未だ地中で微睡みの中にある術式を叩き起す。
まだ発動までは猶予があるはず…
そんなヒッサァの目論見を飲み込むように、間髪入れずに地が爆ぜる。
グランザの魔力を帯びた岩塊は巨大な拳を形取り、幾重にも生え出てヒッサァへと襲い掛かった。
「く…っ!」
岩を相手に槍では分が悪い、水流のかまえからの氷結らんげき、断空なぎはらいと矢継ぎ早に棍の武技を繰り広げて迎撃するも、僅かにヒッサァの手数が下回った瞬間、ほぼ直下から突き上がった岩の拳がヒッサァの顎を捉えた。
続く