「もう限界、ですぞーーーッ!!」
1年分の御利益の輝きも流石に陰りが見えた刹那、バチィッと弾かれるような音と共にアブソリュートレイはようやく天魔のガードを抜け、その身体に直撃した。
「駄目っ!」
しかしそこへ白姫の悲鳴が響く。
凌ぎきれないと判断した天魔は、アブソリュートレイの最後の一閃を身体の支配権を巡り争う男の方にくらわせたのだ。
アブソリュートレイの直撃を受け、ずるりと抜け落ちるようにゾンビ体の左肩から右脇腹にかけての半身が千切れ飛ぶ。
いなりの静止も聞かずに飛び出した白姫が地に転がった男を抱き起こした。
逆再生されるようにその肉体は人のそれ、しかして頭のみが竜の元の歪な男の姿に戻っていく。
一方の天魔はついに邪魔者を切り離し、断絶されたその肉身の残りを取り込むと地を響かす雄叫びをあげた。
(まだだ…まだ間に合う…滅びてなるものか)
ふと気を緩めれば崩れ落ちそうな身体を踏み留める。そもそも遥かに長寿でこそあれ、天魔に不死性はない。
骨のみの身体となってもなお生き長らえたのは、天魔の狡猾さと特異な力に依る。
天魔の転生、対象を自らに塗り替える過程において、リンクした2つの魂は一時的にその存在と状態を共有することになる。
かつて男の身体を乗っ取る過程において白姫により聖杭が突き立てられる刹那、天魔は元の身体に完全に戻らず、その繋がりをあえてわずかに残したのだ。
勿論、以前に試したことなどない。
しかしながら目論見の通り、その後天魔が瀕死の状態とはいえ封印されその魂が現世に留まったため、一度はその心臓に聖杭が突き立てられ鼓動が止まっていようと男の身体は繋がりの影響で天魔そのものに変貌を遂げ、ゾンビとして今日まで生き長らえた。
リンクを完全に断ち切った今、その身体は白姫に封じられた直前の状態に従い死に向かっている。
己の魂を魔力に転じ擦り減らしながら風化を押し留め、獲物を探す。
カミハルムイの屋敷で垣間見た、白姫の魂を宿した肉身が最も望ましいが、時間がない。
融合の過程で取り込んだ肉身には干乾び固形化しているが、確かに血がある。
魂が擦り切れる前にこれを浴びせ、乗り移れば良いのだ。
鶏に移る趣味はない。
となれば近場のエルフの女剣士。
狙いを定め、四脚三腕の異形が迫る。
「らぐっちょさん、御免!!」
抱えて共に避ける暇はない。
アブソリュートレイを撃ちきった反動で息も荒く立ち尽くすらぐっちょが天魔の突進の射線から反れるよう蹴り飛ばし、二刀を握る。
「…ッ、重い…!くっ…」
天魔は奪いとった左腕と骨の右腕を組み合わせ、疾走の勢いをのせてハンマーの如く振り下ろす。
刀を折られては後がない。
鞘に納めたままに交差した剣で受け止めたいなりに向け、天魔はギパッと牙の立ち並ぶあぎとを開く。
喉の奥に覗く漆黒の渦と漂う腐臭に顔をしかめるも、がっちりと組み合った拳と剣が距離をとることを阻む。
瘴気と血液の入り混じった奔流がいなり目掛けて解き放たれた刹那、白い影が割って入った。
続く