「…痛ァ!」
クロッシュウェアのジャケットを脱いで、露わになった二の腕と手の甲に刻まれた赤い帯に軟膏が染みて思わず声が出る。
一日限りの体験修行とはいえ、姉弟子は姉弟子である。
再びジャケットをまとうと、手当を施してくれたウェディの門下生に座して頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いえいえなんのなんの。ユクさん、でしたっけ?ホントに今日だけなんですか?」
「…?」
背丈も歳の頃も同じくらいの姉弟子の言葉の真意が汲めず、きょとんとする。
「あ、いや、筋が良いのに勿体ないなって」
「…思う様しばかれましたけれども」
鮮やかに小手を打たれたあとでは、筋が良いと言われても自信などわくはずもない。
「ああ、いや、普通は、というか門下生全員だけど、師範代との立ち合いの時は初手で面を割られるから」「割られる…!?」
ひぃっとユクは自らのおでこを両手で覆う。
打たれた左手は未だビリビリと痺れている。
これが額に炸裂するなど、それはちょっと想像すらしたくない。
一日体験とはいえ、流石はカミハルムイ随一の道場、準備運動を終えるといきなり挨拶代わりに師範代であるいなりと竹刀を交えることとなった。
「…始めッ!!!」
師範代の義妹であるオスシの合図に間髪入れず、種族の差からユクより少しだけ小柄ないなりの身体が空に舞う。
地を蹴り跳んだというよりは、まるで天から舞い降りてきたような無駄のない美しい所作から唐竹を割るように振り下ろされた竹刀の物打をユクは三張節で何とか受ける。
周りで見守る門下生たちからどよめきが起こり、同時にいなりがニヤリと笑った気がする。
ユクの動きをそのまま圧を込め竹刀で抑えつけつつ、着地の瞬間、くるりと身を捻り、ユクの受太刀を鞘代わりに竹刀を加速し、真横から胴を狙う。
反応が出来たのは勘が当たったからだ。
幸い占い師たるもの、直感には恵まれている。
最低限の動作で頭上の手首を返し身体の横に垂らした竹刀は果たしていなりの第二撃も凌ぎ切る。
しかしそれはトドメに向けたブラフであった。
竹刀の反発をきっかけとして目まぐるしく反転しての第三撃は見事にユクの小手を捉え、立礼ののちに手当てを受けて今に至る。
「あ~、まあその、ユクの刀はこれまでずっと盾代わりに使ってきたようなものなので…防御には長けている…のかも?」
褒められたことは素直に嬉しいがその太刀筋は我流も我流、振るい方もきっと邪の道に違いはなく、多少なりとも矯正しようとまずはお試しにやってきた訳である。
「………さて。ユクさんは、攻めの手としての剣技を学びたいと言うことでしたね」
竹刀を振るだけが修行ではない。
剣の道を極めるためには心構えを学ぶ、すなわち座学も必要になってくる。
手当てが終わると皆で道場に机を並べ、講義が始まった。
「『気』、『刀』、『技』。剣とは、それら3つを殺すこと。気を殺すとは、胆力をもって場を支配し、自らのペースへ引き込み、優位をとる」
門下生にとっては基本も基本、なんとも耳タコの話であるが、皆初めて聞き入るかのように真剣に、半紙と硯を用意して、すらすらと書き留めていく。
ユクもまたふむふむとメモ帳に余す所なく書き記していった。
「刀を殺すとは、相手の刀を抑え、払い、叩く。相手の自由に刀を振るわせない」
それはまさしく先のいなりがユクにやってみせた通りで、とんでもないスパルタに見えて実に理に適った修行の流れであるとユクは感嘆した。
「そして、技を殺すとは、攻め手をいなし、相手の攻撃の機会すら自らの好機と転ずること」
剣の道を語りながら、いなりは完璧な敗北を喫した一戦を思い起こしていた。
続く