「喝っ!!」
痺れるほどの一声とともに、グランザを中心に岩くれの波がマユラとテルルへと押し寄せる。
「嘘でしょ!?天地魔闘の構えなら大人しく待ち受けてくんないの!?」
「困難な方が燃えるじゃないの!打ち破るわよ!テルル!!」
まだ起こって間もない背の低い波を踏み台に飛び越え、身の丈を上回る波は拳で撃ち抜いて、岩の鎧をまとったグランザ目掛けて両サイドからテルルとマユラが迫る。
「チェストっ!」
僅かに先に辿り着いたテルルがマイクを左手に持ち替えて、空いた右手でマユラ直伝の正拳を打ち放つ。
「…硬っ!?わっ、ちょっ…!?」
術者に近いがゆえか、岩の拳とも波とも比にならないほどの強固な鎧に阻まれ、更には止まった拳を掴まれて、ふわっと浮かされたテルルの鳩尾にグランザの拳が埋まる。
「このっ!」
がら空きの後頭部を狙ったマユラの飛び回し蹴りもまた鎧に阻まれ、びくともせぬまま振り返ったグランザはテルル同様にマユラの脚を掴み身体を浮かせると鳩尾に拳を打ち込む。
「かっ…は…ッ」
深々と急所を捉えた拳を捻れば、数拍ののちに遅れてやってきた衝撃にマユラの身体は大きく吹き飛び、テルルと並んで木の幹に叩きつけられる。
「…やラレたっ!」
衝撃に樹から落下し降り積もった雪を振り払ったテルルは咳き込み喉をおさえる。
「これでもはや囀れまい」
グランザの狙いの通り、痺れた横隔膜では出せる音が限られる。
敵味方を選別した上で空気振動により対象の気脈を震わせ刺激して様々な高揚効果をもたらす緻密な歌唱はとても果たせない。
「やってくレますわね…」
テルル同様、肺を乱されながらも呼吸の回復に専念しつつマユラはグランザを睨んだ。
強固な鎧を破るアテなら、ある。
しかしあの技は、敵の眼前で構え、気を溜める時間を数拍要する。
その時間を、どう捻出するか。
同時にテルルもまた、思考を巡らせる。
テルルの格闘技の師はマユラである。
種々多様な技の中から、マユラと同じ選択に至っていた。
隙を、どう作るか。
そこで、ふと気付く。
跪き、荒い呼吸を必死に整える私達に、何故追撃してこないのか。
鬼岩城、天地の構え………姿と伝承で惑わされているが、カウンターに強いのではなく、カウンターしか出来ないのでは?
私だけでなく、マユラの声をも潰しにかかったのは、相手が誰だか、見えていないのではないか?
抜け目のない敵だ。
単純に、マユラも歌の力を使うと警戒しただけである可能性は否定できない。
だとしても、見出した光明に、賭ける価値は、ある。
「時間なラ、心配しないで!私が作ル!!」
打ち合わせなどない。
目配せと僅かな言葉で、充分だ。
テルルの檄をうけて、弾かれるようにマユラは再びグランザへ突貫する。
(…一人で来るか。どちらだ?)
テルルの読み通り、グランザは敵の接近を音のみで検知していた。
戦闘がさらに長引けば区別もついただろうが、現状はまだ判断材料に欠ける。
その身を覆う強固な鎧、変成させたジバリアのコントロールは難しく、集中する為瞳を閉じる必要がある。加えて、目もとだけを開けるような繊細な鎧形成は何度が高い。
土を通して伝わる振動、鎧に走る手応えでカウンターを繰り出す。
逆に言えば、ジバリアの波を放つ以外にこちらから打って出る手段のない、諸刃の技であった。
「耳塞いでッ!」
やがてマユラはグランザの眼前、技の間合いぎりぎりで急制動をかける。
「オーケー!」
マユラがかがみ、ぱしんと両手で耳を覆うのを確認して、テルルはまだ痺れの残る肺に目一杯に空気を吸い込む。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
可聴領域を遥かに超越し、大地を、大気を震わすほどの、もはや衝撃波に近い大絶叫がグランザをしたたかに叩く。
「ぐっ…!?」
これが、オーガの喉で出せる声量か?
空間認識を聴覚に頼りきり、研ぎ澄ましていたがゆえ、テルルのハウリングによる影響はそれだけにとどまらず、三半規管が激しく揺さぶられ狂わされて不動のはずの鬼岩城が片膝をつく。
何処だ、聴覚を乱された間に、敵は何処に行った?
グランザの疑問に応えるように、厚い岩の鎧の向こうにありながらなお、太陽の如き闘気の塊が存在を主張する。
『閃光烈火拳!!!』
身の丈を上回る鈍重な閃熱の光球を、目一杯に振りかぶってからの渾身の掌底で圧し出した。
眩い光はマユラの肌を焼きながらも、鬼岩城の土の鎧をがりがりと削り、ついにはグランザに届く。
「…見事」
吹き飛ばされる己のが身を、何処か清々しい気分で俯瞰するグランザであった。
続く