「…そ、そんなに…?」
テルルのリアクションに恐れ慄き、ひよったらぐっちょは炒め物の方に手を付ける。
少々黒みがかった唐揚げの衣はとろみある中華餡を纏いながらもバリッと確かな食感を轟かせ、そして麻婆豆腐同様にらぐっちょの舌に噛み付いた。
「こっちも辛旨ですぞーーー!」
嘴から火炎が迸るかと思った。
よくよく見れば、青椒を隠れ蓑にざく切りの唐辛子があくまでも店主のご厚意により種を抜かずに投入されている。
「それでも箸が止まらんのですよね」
ヒッサァの言葉の通り、身体は危険信号を発しているが、辛さだけでなく牡蠣に鮑の出汁が効いた炒め物は絶品で、滴らんばかりの汗を流し、絶えない悲鳴をあげつつも、皆、食のペースは衰えない。
「こんで〆だよ」
最後に一人一人の前に一つずつ、すり鉢のように巨大な器で薬膳ラーメンが配膳される。
地方伝来の野菜をベースとした一品である。
「ああ…癒やされるお味ですわ」
マユラは唐辛子の刺激で三倍増しくらいに膨らんだセクシーな唇で湯気のたつスープをすする。
大皿料理から一転して優しい味が疲れた身体に染み渡る。
メンマにネギとスライスの叉焼、見た目にも具材にもシンプルで、先までのインパクトある料理達に劣るかと思いきや、一口、二口とすするたび、さざ波のように旨さが押し寄せる。
らぐっちょの頭ほどある器だったが、途中、高麗人参を漬け込んだ酢による味変も楽しみつつ、全員が見事に完食した。
「…そだ、忘れないうちに」
食後の黒烏龍茶をすすりつつ、テルルは古びた巻物を取り出した。
「さっきの岩のおっさんから、貴方にだって」
「酋長から?」
敵対こそしたが、本来は敬意をひょうさねばならぬ相手である。
しずしずと託された物を受け取る。
「…失礼」
円卓にスペースを作り、はらりと巻物を紐解く。
そこには、天魔の襲来から一角の者が敗北、その後の顛末、そして、最後の一角の者である白姫の境遇までが、ヤマとらぐっちょの垣間見た真実のままに綴られていた。
「…それは、小さな声だったかもしれない。それでも狂った現状に異を唱える声は、確かに存在した。現状を良しとせず、いつか誰かが、闇を照らしてくれることを願って。これは、永い時の中を一人一人の手を渡り繋がれてきた、確かなその証なのだわ」
「…至急、向かわねばならぬ所が出来ました。屋敷までのヤマさんの護衛、あとは皆さんにお任せしてもよろしいか?」
「勿論。そちらも気をつけて」
ズタボロなのはお互い様、頭数が多い分、こちらの方が安全ですらあるが、それでも心から申し訳なく頭を下げるヒッサァの人となりは、皆が知っている。
急ぎオーグリードへとんぼ返りするヒッサァを見送り、ヤマは大きく一つ、伸びをした。
白姫に憑かれ、岩肌をベッドに眠ったせいで節々が凝り固まっている。
「さ、いな姉、お腹も一杯になったし、あとは帰って寝るだけだね」
「そうね。今回ばっかりは、いささか疲れた…」
「…?何言ってんの、二人共」
「「えっ?」」
いなりとヤマが振り向いた先、テルルの瞳には、創作意欲の火がメラメラと灯っていた。
「やっとこさ、ピースが揃った!剣舞を完成させるわよぉ!!帰ったら早速、特訓あるのみ!!!」
「「ひぃ!?」」
「ワタクシまで何故ーーー!?」
いなりとヤマ、そしてガシッとテルルに抱え上げられたらぐっちょが悲鳴をあげる。
「あ~…こうなったテルルは止められないのだわ。ご愁傷さま」
やれやれと笑いながら、後に続くマユラであった。
続く