それからまた、幾ばくかの日が流れ…
ガートラント城の大石段、その中腹にヒッサァは立っていた。
今日はテルルと新たに監督補佐に加わったマユラ、役割不詳のらぐっちょの三者による厳しい特訓の果て、ついに完成したいなりとヤマの剣舞のお披露目の日である。
それを不意にしてまで、ヒッサァは一人の男を待っていた。
やがて重厚な扉が開かれ、一連の事件の聴取のために召喚されたグランザが姿を見せる。
天魔を封滅したのち、グランザからテルルとマユラを介して託された巻物を携えたヒッサァと、他ならぬグランザの自首により、ガートラントの主導で過去の白姫の史実を含め捜査と検証が進められている。
それ以来、当事者としてグランザとの接触は禁じられ、場合によっては収監に至る可能性もあるグランザとまみえる機会は、今日この場をおいて無かったのだ。
「………件のオグリドホーンを祠から掘り起こしたのは、貴方なのではないですか?」
事の起こり、白姫の祠を荒らした採掘者は、ついぞ明らかになっていない。
グランザは歩みを止めず、憶測を述べるヒッサァとの距離は近づいていくが、まるでそこには誰もいない、何も聴こえていないかのように、ただ黙して歩む。
「禁足地にはかつての献上品が、おそらくは全くの手つかずで残されていました。中にはむしろ白姫の亡骸が転じたオグリドホーンよりも高値が付きそうな物も沢山あった」
「………」
グランザは何も答えず、一瞥もくれずにヒッサァの横を通り過ぎる。
過去の部族連合の過ちを白日の下に晒し、その上で部族連合のダメージを最小限に抑える。
その為に、自らが全ての醜悪を背負い、部族連合の若い力が旧態然の悪しき流れを断ち切る様を演出した。そう考えれば、全ての辻褄が合うのだ。
しかしそれをここで明らかにすることは、誰よりも当のグランザが望みはしないし、天魔の復活により大勢を危険に晒したことも、覆しようのない事実だ。
その罪は許されるものではないし、許されることを本人が望まない。
ならばせめて、部族の皆の幸せのために尽くしてきた男に、どうしても伝えておきたい事がある。
「祖父は…!ずっと後悔していました!友に、残酷なことを言ったと!」
テコでも止まりそうになかったグランザの歩みが、止まる。
「…『お前はそれでいいのか』か?ふっ、残酷なものか。正鵠を射ておる」
苦く重い自嘲の笑みが、グランザの顔に浮かぶ。
「いえ、違います。私のこと………生まれてくる、孫の話のことです」
「………」
「自分の不用意な発言のせいで、らしくない選択をさせてしまった。だからもう、友に合わせる顔が無いのだ、と」
それは珍しく酒に悪く酔った夜のことで、誰のことを指しているのかを祖父は語らなかった。
しかし、間違いようはない。
グランザは震えそうになる身体を、全身に力を込めて無理矢理押し留める。
友は、こんな、どうしようもない男を、まだそこまで買い被ってくれていたのだ。
止むに止まれぬ事情でもない限り、けして道を違える男ではないと。
目が熱を帯びるものだから、慌てて上を向く。
事実を知ったうえで隠蔽を続けようとする他の族長達の手前、まともに情報を与えることはできず、ヒッサァが何処まで辿り着くかは賭けだったが、頼りになる仲間達の力を借りて見事彼は成し遂げてくれた。
部族の未来は、彼のような若い力がしっかりと切り拓いていってくれるだろう。
「…あとは任せたぞ、ヒッサァ」
微かにこぼしたグランザの呟きは、ヒッサァには届かない。
しかしヒッサァは去り行く背中に部族伝来の最敬礼の姿勢を送るのであった。
同じ頃、カミハルムイの枯れぬ桜を望む舞台で。
「ヤマも緊張することがあるのね」
「そりゃあそうだよぅ!アレ王様だよ?本物!」
アレ呼ばわりしている時点で、緊張してるんだか緩んでいるのだか。
「大丈夫。練習を思い出して」
いなりは微笑み、ぽんとヤマの肩に優しく手を置く。出番を待つ舞台袖で、緊張のあまり自分よりも遥かに小さく縮こまった妹を励ましているうち、いよいよ、テルルによるモノローグがしめやかに流れ始める。
どんな事情があったとしても白姫の罪は許されるものではないし、許されることを本人が望まない。
それでも、そこに至るまでに何があったのか。
白姫を化物にしてしまったものは果たして何だったのか。
全てを知った私達には語り継ぐ義務がある。
私達の心の中にも宿りうる悪意という化物を、積もり積もって重なり合ったそれに抗えず翻弄されてしまい引き起こされる悲劇を、二度と生み出さない為に。
オスシとマユラ、らぐっちょに、未だ傷の癒えきっていないかげろうも見守るなか、白姫に扮したヤマと名も無き男に扮したいなりが、雅楽の演奏とテルルの詩に合わせて剣と舞う。
演目の名は、『真説 白姫譚』ーーー
~完~