そこは、アストルティアにあってアストルティアではない場所。
とある盟主の住まう、虚空に浮かぶ知の城塞。
紫色の肌に白いローブをまとった、盟主より知性を与えられた特別なひとつめピエロである従者キルルは、シャンデリアの豪奢な灯りのもと、準備を進めていた。
彼の主人、知の盟主は不定期に客人を招き、試練の果てにその資質を認めた者へ究極の質問をするという。その質問の内容は、たった一匹でこの広大な城塞を管理するキルルであっても教えられてはいない。
盟主とそのもとへ辿り着いた資格ある者のみが知り得る話である。
アストルティアの時間にして、はや何年と開催されなかった知の祝祭が、今再び、催されようとしていた。
水晶で造られた筆先を瓶に差し入れインクを纏わせ、羊皮紙の上を走らせる。
一枚一枚、一人一人へ思いを込めて、丁寧に。
「大魔王への抑止として生まれる当代の勇者、邪なる野望に滅した竜の神その器、悠久に渡り時を旅した古の姫君、創造の女神の魂を宿したいばらの巫女…流石は盟主様でございます、今回も実にそうそうたる…ん?流しの占い師…?はてさて?」
矢継ぎ早に招待状をしたためていく中で、そんな不遜は許されざる話であるが、最後の一人に首を傾げるキルルであった。
酒場のカウンター内でマスターのクマヤンはマンゴーの表面にナイフを走らせ、リボンを紡ぐように皮を剥いていく。
マンゴーの種はその実と同じく、潰した楕円型をしている。
種の厚みに目測をつけて、果実を魚の如く3枚におろし、両端をそれぞれ6等分。
残る中央、種の周りの果肉は丁寧にナイフで削ぎ落とし、こぶりなミントの葉をアクセントに加えて大きめのヘラで潰しピューレにしていく。
ジャイラ密林産のバニラビーンズを用いた香水のように薫り高いバニラアイスをあえて乱雑に落とした口の広いグラスにピューレを注ぎ入れたら、先にカットしたマンゴーをその上に並べて、スライスしたココナッツを散らせば、特製のマンゴーパフェの出来上がりである。
「おほほぉう………!」
祈りを捧げるように組み合わせた掌を頬の高さにもたげ、占い師ユクは瞳をキラキラと輝かせて眼前に給されたパフェを見つめた。
酒場に入った瞬間から、数々の魅力的なメニューを前に、とうに語彙力は死んでいる。
既にお目当ての、隠し味に特別なイカスミの効いたクマヤンの酒場の名物メニュー、戦士団カレーにメギス鶏のスパイシー唐揚げトッピングを平らげた後であるが、無論、デザートは別腹である。
「どう?まるでシェフみたいでしょ、うちのオーガ」目の前の黄金色のスイーツに興奮冷めやらぬユクの周りをふわふわと飛び回り、やがてその肩にちょこんと座るは、世にも珍しい妖精族のマユミ。
「…料理人なんだからみたいじゃなくてシェフと断言してもいいんだよ!?あ、ささ、溶けないうちに、どうぞ」
カウンターを挟んでのクマヤンとマユミの夫婦漫才と揶揄されるやり取りもまた、クマヤンの酒場の名物である。
「いっただっきま~~~っす!!」
柄の細長い銀のデザートスプーンで果肉とバニラアイスを上手にひとすくい。
「んんん~~~っ!」
まさに食べ頃に追熟されたマンゴーの上質なゼリーのような舌触りと、バニラアイスに負けない南国の甘みが喧嘩することなく口の中いっぱいに広がっていく。
実に贅沢な一口を味わったが、幸いなことにパフェはまだまだそびえ立っている。
しかし、さっそく2口目を運ぼうとしたところで、ユクの視界は突然暗転するのであった。
続く