扉をくぐった先も、しかして先と同じ石造りの無骨で不気味な部屋だった。
背後でバタンと大きく扉が閉まる音に驚き振り向くも、通ってきたはずの扉は消え失せている。
「………もしかして、ユクさん?」
扉の先で待ち受けた少女から、儚げながらも芯の通った声がかかる。
「やっぱりそうだ!久しぶり、だね」
「わぁ~っ!ユクも会いたかったよ!!イルーシャ!!!」
祈りを捧げるように組み合わされたガラス細工のように白く儚い指先。
かつてユクが魔公子イシュマリクと共に魔界を巡った折にしばし滞在した大魔王城でユルールに保護されていた少女である。
彼女の豊かな感性から描き出される数々のスケッチに感嘆し、イシュマリクに白い目で見られながらも、一輪の薔薇を咥え波止場のポーズをキメた肖像画を描いてもらったのも記憶に新しい。
「メレアーデさん、イルーシャさんも!良かった…。怪我はない?」
久方ぶりの再会を喜ぶ二人を邪魔せぬ位置から、アンルシアが気遣いの声をかけた。
「「………怪我?」」
メレアーデもイルーシャも、自分と同じく数奇な運命に導かれ、盟友ユルールとアストルティアを守るべく冒険した有志とはいえ、こと戦闘面ではサポートに回る側である。
室内にエステラの姿しか無かった時は青ざめ、直ぐに二人のもとへ向かわねばと剣を振るった。
ユクの目から見てアンルシアの行動が性急に思えたのはそれ故である。
「解答の扉を潜ったら、魔物が現れて…」
二人の前へは一体どのような脅威が立ち塞がったのだろう。
少しでも情報を共有しておきたい。
「「魔物…ですか?」」
キョトンと顎に人差し指をあて、首を傾げる仕草までシンクロするメレアーデとイルーシャの様子に、先に事の流れを察したのはエステラであった。
「抜きんでた強いチカラと体力で、弱き者や仲間のために命をかけて戦った炎の民とは、どの種族を示すか。ユルールに見せて貰ったグレンの写真、篝火が印象に残っていて…直感が当たって良かったわ」
「私も、雲上湖へスケッチに連れて行って貰った事があって…」
メレアーデとイルーシャは、手を合わせ正解の喜びを分かち合う。
「………アンルシアさん。どの扉を選びましたか?」「えっ?勿論『人間』と…」
その瞬間、メレアーデとイルーシャが戸惑いの表情を見せる。
二人のリアクションはエステラの直感が正しかったことを雄弁に物語っており、アンルシアもまた、間違えた扉を潜った為に魔物に襲われたのだと悟った。
「…お兄様御免なさい…教えて頂いたこと、今更になって思い出しました…」
恥ずかしさと口惜しさに胸に手をあてる。
「まだまだアストルティアの皆さんの理解が足りませんね…お恥ずかしい限りです…。抜きん出た強い力と体力…アンルシアさんを基準にしてはなりませんでした…」
言葉のナイフというものは、えてして無意識に鋭く飛び出すものである。
「あの、それはどういう…」
エステラから暗にガルドドン扱いを受け傷付くアンルシアであるが、自身で選んだ解答でもあるのだから世話はないのであった。
続く