一方の500年前、古の知の祝祭の参加者レオナルドは、第二の解答を選び、自信満々に正解と睨んだ扉を潜った先で大きくため息をついた。
「あ~…また間違えた…かな?」
うなじをかくレオナルドの眼前では、クマヤンが先まで背負っていた骨で形作られた斧とも剣ともとれる長大な武器を振り回し、太ももに巻き付いた巨大イカの足を潰すように斬り落とす所だった。
「待ってたぞ」
手を空けるため突き立てた剣の自重が石床を割り砕く。
眼前の魔物に鋭く目を光らせたまま、力を失えど貼り付いたままの吸盤を引き剥がした。
「…嫌味かな?」
「まさか。レオナルド、お前さんとは何かと気が合うからな。きっと来ると思っていた」
「んん。それなら聞こえは悪くない」
つがえた矢を放ち、斜め上方からクマヤンに迫る触腕を撃ち抜く。
「色やら頭の形やらが色々とおかしいが…久しく見なくなったオセアーノンのようだな」
シドーアームと同じく漆黒、そして耳がまるで王冠のように大きく刺々しく変容を遂げている。
「あ~…村で乱獲したからなぁ…」
「ほう。流石はヴェリタ・ソルレの戦士達だな。コイツらのせいで大陸間の船旅はいつも死と隣り合わせだった。礼を言う」
レイダメテスの陥落に至るまで、大きな犠牲を払いながらもウェナ諸島を護りきった戦士団、真の太陽の面々が犠牲者を弔うためにおこした、ルシナ村。
かの厄介な魔物であろうと、百戦錬磨の猛者たちが相手では、さもありなん。
「んん~…利害の一致というかなんというか…」
しかしながら、航路の安全という崇高な目的で大規模狩猟に漕ぎ出した訳では無い。
それを知るレオナルドは語尾を濁す。
「ま、とにかく捌こう。コイツの急所は目と目の間にある。一瞬でいい、邪魔なゲソを抑えられるか?」
「やはりよく知ってるな!」
「コイツのスミは絶品でな」
「…は?」
「姐さんのカレーの隠し味として欠かせないんだ。何ならこの後村で食べていくといい」
オセアーノンのイカ墨が隠し味のカレー、伝説級モンスターの一部を食するという話を飲み込むのにクマヤンは少々時間を要した。
「う~む…来世まで遠慮しておこう」
無闇矢鱈に冒険するものではない。
その点、500年前のクマヤンは実に堅実であった。「勿体無い…な!きっと食べれば、ハマるのに!」
矢にも限りはある。
弓のリムに無数に設けられた棘のような短剣を用いて、並行に2足揃えて振るわれたゲソの間をアクロバティックにすれ違いざま斬りつけ、切り落とせないまでも動きを鈍らせる。
「いや、無いね。絶対、無い!!」
その間にもオセアーノンに肉薄したクマヤンが、振り下ろした剣の腹でゲソの根本を抑える。
「ナイス!!…そこッ!!!」
目と目の間、クマヤンのアシストによりガラ空きになったイカの急所に矢が向かう。
矢はオセアーノンの直前でクンと上を向くと、そのまま眉間から胴体を駆け抜け、デインで打たれたようにびくりと全身を引きつらせたオセアーノンは白黒と体色を目まぐるしく変貌させた後、地響きを立て横たわった。
「「ふぅ」」
一息をつくと、クマヤンはピアスに触れ、あらためてマユミと連絡を取ろうとしたが、漏れ出る雑音とその表情を見るに、芳しくないらしい。
「さっき会ったばかりだろうに、心配かい?」
マユミは個人参加ではなく、姐さんの肩にのっている。
あの姐さんが間違えるとは、よもやレオナルドもクマヤンも思ってはいない。
二人の姿がここにないのも、その最たる証明である。
「お前さんこそ、ガルムは大丈夫なのか?」
「ん?ああ、まあアイツは上手くやってるだろ」
クマヤンに相棒がいるように、レオナルドもまたかつて保護した魔狼の子、ガルムを故郷に還すため、共に旅をしている。
どういう基準で巻き込まれているのかは分からないが、マユミと違いガルムの姿はここにはなかった。
「…そういうものか」
一見、ドライに思える返答。
しかしそうではない。
レオナルドの言葉には、ガルムに対する信頼が滲んでいた。
マユミの相棒を自称する自分は果たして、どうなのだろうか。
『聞こえるか?マユミ!こちらクマヤン!返事をしろ、マユミ!?』
「「………!?」」
その時、不意にようやく繋がったピアスの通信、レオナルドに羨望の眼差しを送るクマヤンの耳朶をうったのは、他ならぬ『クマヤン』の声なのであった。
続く