「………消え…た!?」
拭いていたグラスを取り落とし、唐突にクマヤン一人が残された酒場にグラスの砕ける音が鳴り響く。
妖精族のマユミとコンビを組んではや幾歳。
今や多少のことでは驚かないが、客とまとめてマユミが消えれたとあれば、致し方あるまい。
とはいえ、非常識な出来事は冒険の常、クマヤンは目の前で起こった出来事に説明をつけるべく、まずはカウンターに置いてあるオカルトメガネをかけて店内を見回す。
こういった事態は時間との勝負だ。
初動が遅れれば遅れるほど状況は悪化し、解決は困難となる。
怨霊の仕業であればその残滓、もしくは二人は透明化しただけなのではないか。
「む…コレは違うか」
メガネを通しても残念ながら手がかりはゼロ。
次なるは、ご先祖さまの力を借りるとしよう。
遥かに長寿である妖精族のマユミ。
彼女と冒険した『クマヤン』は、一人ではない。
500年前、レイダメテスが猛威を振るった頃に活躍した初代クマヤン、彼はその生涯で数え切れぬ程に多くの貴重なアイテムをマユミと共に発見した。
ほとんどは呪われたアイテムであり、封印や破壊、危険度の低い品は販売されて手元には残っていないが、一部の有用なアイテムは大切に受け継がれている。
その一つが、『シーバのピアス』である。
対になる二枚の鏡を通して会話ができるというシーバの鏡、発見時、もとは正楕円の上半身を映せるだけのサイズだったであろう鏡は既に割れてしまっていたが、それを初代クマヤンはピアスに加工し、マユミとの連絡に用いた。
その片割れは今も、マユミが持ち歩いている。
「…何処にしまったかな」
カウンター裏の酒樽が積まれた倉庫内の一画、けして無下にしているわけではないからこそ、先代の遺産たちはどれも漆で固められた似たような木箱に納め積み重ねられており、目当ての一品を見つけ出すのは相当な苦労が伴う。
「あった!これだ!!」
同封されたメイジダスターで指先ほどのピアスの鏡面のくもりを綺麗に拭き取り、耳に着ける。
「聞こえるか?マユミ!こちらクマヤン!返事をしろ、マユミ!?」
一瞬、息を飲むような気配が伝わってきた気がするが、それきり、シーバのピアスは沈黙してしまう。
「う~む…マユミのことだからなぁ。ちゃんとメンテナンスしてるかどうか…」
あらためて磨きをかけ、再度通信を試みるも徒労に終わる。
耳に伝わるピアスの震えの感じからして、マユミのピアスとの間に何かしらの魔力障壁があるようで、それが通信を阻んでいるようだ。
次なる一手を考えているところへ、カランと来客を告げるドアベルが鳴り響く。
「すみません、今ちょっと取り込み中で…」
そういえばそうである。
こんな事態だ、扉には臨時休業の札を下げておくべきだった。
「良い酒場だ。ロングアイランドアイスティーを1杯頼みたいところだが、生憎、客として来たわけではなくてな」
ウェーブのかかった紫の長髪を纏め上げたオーガの女性は、カツカツと小気味良い足音を響かせカウンター前まで歩み出る。
凛とした佇まい。
手にした杖の先には巨大な赤い宝玉、それを挟み込む金の装飾にはこれまた立派な正八面体の宝石が埋め込まれている。
クマヤンと負けず劣らずの長身、そして魔導を極めし者らしく、その身は筋肉が少なく、それでいて洗練されたシルエットにまとまり、歴戦の証を体現している。
「申し遅れた、叡智の冠がひとり、ルシェンダだ。よろしく頼む」
思わぬ来客に差し出された手を握り返すのも忘れ、ただただ状況を理解できずぽかんと口をあけ呆然とするクマヤンなのであった。
続く