「…なるほど。一歩遅かったか」
ルシェンダはクマヤンから一通りの状況説明を受けると、すっかり液体と化したアイスの入ったグラスのとなり、グラスから滴った結露に僅かに湿ったユク宛の知の祝祭の招待状を手に取った。
「この黒い封書は、勇者アンルシアのもとにも届いてな。怪しげな魔力を感じ、調査をしていた矢先にアンルシアが突如姿を消した。ユルールからの話では、時を近くしてエテーネの民を束ねるメレアーデ殿も姿を消したとの事だ」
ルシェンダによれば、黒い封書について所以を辿るうちに、パフェを残し忽然と消えたウェディの女性客、ユクがオルフェアのコイン屋にそれを買取してもらおうとした履歴から、彼女の足取りを追ってここへ辿り着いたらしい。
「は、はぁ…」
件のユクさんとやらはともかく、アンルシアにメレアーデ、何故そんなビッグネームの数々とマユミが肩を並べる羽目となったのか。
言わんや、今こうして自分がかの賢者ルシェンダと会話していることも信じがたい出来事である。
「しかし僥倖かな、クマヤン殿といえば、プクランドで発見された呪炎の騒動においても活躍されたと聞く」
「…!きょ、恐縮です…」
活躍も何も、昏睡状態のヒッサァを前にマユミが思い出話を披露しただけなのだが、どんな尾ひれがついているのやら。
緊張から止まらぬ手汗を握り締め、生唾を飲み込むクマヤンであった。
「はっは~ん。さては、私を舐めてるわね。こんな簡単な問題、間違えますかっての。って、ちょっともしもし?えっと…ユクさん?もしも~し!?」
クマヤンがプレッシャーに胃をやられそうになっている頃、マユミはといえば、いち早く石板のもとへ舞い、問いの内容を確認し、正解の扉へ向かおうとしたところでようやく運命共同体であるユクが明後日の方向で壁を叩いていることに気がつく。
「どうしようどうしようどうしよう!」
大声で呼びかけるも、ユクはウェディの肌であろうと察せるほどに青ざめてブツブツとつぶやき、聞く耳を持たない。
「…はい注目!」
そんなユクの周りをぐるりと旋回しパンと一度手を叩いて、ようやくマユミはユクの意識を引き付けることに成功した。
「ここはね、勝手に呼びつけておいたクセして、茶の一つもなく不躾に問題出してきて、間違えたらモンスターと相部屋にされるっていう厄介なところなわけ。ちなみに時間切れでも同じ結果なのよ」
マユミの説明を受けて、であればと石板の向こうの壁に並ぶ4つの扉をインパスを伴い見つめれば、なるほど一つだけ青く光る扉の他は赤いよどみを漂わせている。
中身は様々であるが、インパスの赤判定はおよそろくでもない結果が待ち受けているものだ。
「…ちょっと、問題読んだ?ん、ああ、ちゃんと分かってるわね」
石板に刻まれた問いに目を通した様子はなかったが、ユクが自分の正解と目した扉の前に向かったのでマユミはほっと胸を撫で下ろす。
時を同じくして、制限時間の訪れを告げるカウントダウンの鐘の音が鳴り始めた。
「…さ、行きましょ!」
マユミはふわっとユクの肩に舞い降りる。
しかしながら、間隔の狭まっていく鐘の音の中、ユクは扉に手をかけたまま、微動だにしない。
「…イルーシャとメレアーデさん…インパスの赤…あれはきっと…」
先程の転移直前、他の2人からは赤は見えなかった。彼女達は正解の扉を選ぶということだ。
メレアーデの強さをユクは知らないが、その腰に下がるは可愛くデコレーションのされたブーメランであった。
イルーシャと同じく、真っ向からモンスターと対峙するポジションではないだろう。
「巻き込んでごめん!でも…ユクは知ってるから…見過ごすなんて、できないよ!」
垣間見たアンルシアとエステラの強さ。
彼女らの代わりになれるなど、自惚れるつもりはない。
それでも、イルーシャとメレアーデの弾除けくらいには、役に立てるはずだ。
「わ!?ちょっと!!?ストップ!スト~ップ!!この扉は絶対違うって!」
マユミの絶叫が迸るなか、ユクは踵を返し、青く見えた扉の隣、ユクにしか見えない赤く禍々しい光を放つ扉に飛び込むのであった。
続く