「………片が付いて…る?」
インパスが赤く示す扉を抜けた先、これまでとは比べ物にならない広大な空間に、イルーシャとメレアーデの背が見える。
インパスの啓示は具体的なものではない。
赤く見えたとて、危険が迫っているという証であるだけで、怪我をするとか命を落とすと決まったわけではないのだ。
イルーシャとメレアーデのさらに向こうに転がる巨大な残骸を見て、ひとまずユクは胸を撫で下ろした。
勇んで飛び込みはしたものの、モンスターと戦わずに済むならそれに越した話はない。
ユクは2人が無事であったことに対する安堵から、大事なことを見落としてしまう。
ユクが潜った扉の赤は、他ならぬユク自身に降りかかるものでもあるということを。
「あら?ユクさんも」
「良かった。どうしたら先へ進めるのか分からず、二人で困っていたんです。あの向こうに、扉があるかもしれないのですが」
壁を覆い隠すように転がるは、鋼鉄で出来た4本の足に4本の腕を持ち、その中央に塔のように長細い頭部を持った殺戮機械である。
インパスで脅威を避けることのできるユクは、巨大なモンスターと遭遇することが極めて稀であった。
故に、この残骸がスーパーキラーマシンをベースにある特別な仕様を施された機体であるとは、知る由もない。
その装甲はあちこちが割れ砕け、力なく朽ちた腕から手放された巨大な剣が床に転がっている。
どうやらかなり以前にうち捨てられた様子で、どう見ても動きそうにはないが、それでも近寄りがたい雰囲気を存分に醸し出していた。
「…無駄に度胸あるわよねぇ」
マユミの言葉は批判でも悪口でもなく、4者向かい合って沈黙が続いた後に、率先して確認のため抜き足差し足で歩みだしたユクに対する素直な称賛であった。ユクはそうして恐る恐る近づくと刀を抜き、出来る限り腕を伸ばして、切っ先でちょいちょいとつついて、あらためて動くことはないと確認する。
「大丈夫みたい!」
冷や汗を拭い皆に向き直り手を振るユクであったが、そのすぐ背後で異変は起こる。
「「「後ろッ!!後ろ~~~っ!!!」」」
「…へっ?」
バカンと大きな音が響き、ユクの隣を何かが凄まじい速度で飛び退る。
残骸と化したスーパーキラーマシン改修型、かつて討伐にのりだしたドルブレイブにより与えられた呼称は『マッドファクトリー』。
その最大の特徴は、特殊なマシン系モンスターのメンテナンスベースとなった頭部である。
先程ユクの脇を通り過ぎたのは、筒状の頭部に設けられたハッチのパーツであった。
慌てて刀を握り直し、片手はタロットをすぐに抜き取れるようポーチに伸ばす。
もうもうと立ち昇る煙を掻き分け、無理矢理に内から引き千切られた扉の断面に手がかかる。
マッドファクトリーの頭部装甲を容易く歪めながら、ぐいとその腕に引き上げられるように漆黒のヘルメットが姿を見せた。
「…ドル…ブレイブ…?」
それは元を辿れば魔法の迷宮に封じられしモンスターを象ったものであるが、ユクの呟きの通り、アストルティアを守護する私設部隊、超駆動戦隊ドルブレイブの魔装スーツとして広く認知されている。
産み落とされるようにその全身がマッドファクトリーの残骸から躍り出て、地に降り立った。
その全容を見れば、善に属すものではないことは言われずとも分かる。
ヘルメットと同じく漆黒の両腕、両脚は竜の如き牙立った装甲と鋭い爪を持ち、シンプルなスーツ部もまた背と腰に棘々しい意匠が施されている。
アストルティア全土で暗躍し、他種族混血の子供らを拐った改造たけやりへい、SBシリーズ。
そもそもの兵装である鎌を手放し、手近に転がるマッドファクトリーの大剣を易々と蹴り上げ、身の丈を上回るそれを空中で片手で掴むと肩に担ぐ。
インパスの赤が暗示していたのはこいつだと察するよりも早く、手近なユクに向かいモリナラに生える大木のような剣が唸りのような轟音をあげて迫るのであった。
続く