「ふぅっ!!!」
ユクは剣圧におされ地面に跡を引きながらも、あわや上半身と下半身が泣き別れという所を、敵の得物に対してあまりにも寂しいサイズの刀で受け止めた。
メレアーデがバイキルトを、イルーシャがスカラを、そしてマユミがズッシードを示し合わせなく見事ユクに重ねたおかげもあるが、何よりも僅か一日とはいえ、さるカミハルムイの名家の一つ、いなりのもとでいじめのような打ち込み稽古、もとい剣術の手ほどきを受けていたことが大きい。
そしてもう一つ。
計算外の結果に、漆黒の機械兵がバイザーの奥に潜むカメラアイで足元を見やれば、マッドファクトリーと自身をぐるりと仄暗い緑の円陣が浮かんでいる。
慎重なユクはマッドファクトリーの状態を確認するにあたり、前もって手札から一枚のタロットを仕掛けていた。
ちょうどユクの手前で範囲の途切れる愚者のタロットによる弱体効果の陣中に機械兵は捕らわれていたのだ。
いずれの要素、どれ一つでも欠けていたら、今頃ユクは立ってはいなかっただろう。
機械兵は前傾の姿勢をとり、柄を右手で握ったままその肩から背にかけて剣を担ぎ直すと、超重量をものともせず左に跳躍し愚者のタロットの効果範囲から抜け出す。
補助呪文の助けがあったとはいえ、ユクが初撃を凌いだことに変わりはない。
失敗の分析を行い次は確実に獲物を仕留める。
機械ゆえの精密さが今のユクにはひとまずの救いになった。
先の攻防の結果が奇跡であったことはユク自身が一番理解している。
そしてユクを突破されたら、パーティは全滅するということもまた、攻撃の衝撃から音叉のように震え続ける刀身と両手の痺れが文字通り痛いほどに物語っていた。
故に、油断は無かった。
一挙手一投足見逃すまいと意識の全てを敵に集中。
しかし次の瞬間、脳裏を埋め尽くすインパスの赤と共に、刹那に距離を詰めた機械兵の剣が首に触れていた。
時を同じくして、メレアーデ達による補助呪文の効果がちょうど切れたことによる脱力もユクを襲い、握る刀の重さが増す。
偶然ではない。
機械兵は効果時間を計算し、この瞬間を狙っていたのだ。
さらには先程は伏せていた背部からの燃料噴射による超加速も加えて今度こそユクを狩りにきた。
(…あ、駄目だこれ。皆、ごめん…)
いわゆる走馬灯のかわりに、ユクはあの日のいなりとの会話を幻視していた。
「ユクさんに合う攻め手…か。そうですね…では…先、先の先、そして、後の先。どれか一つでも、意味は分かりますか?」
一つ一つ言葉に発しながら、いなりは道場の壁に据え付けられた黒板に書き並べていく。
「さっぱりわかりません先生!」
「素直でよろしい。ん~…ちょっぴり…いや、本質はだいぶ違うけれど、解り易く言えば、攻撃のタイミング、ないしはその姿勢を表す言葉です」
「ほうほう」
無知を取り繕うのが一番の愚かな行為である。
素直に無知を認め、熱心にメモをとるユクの姿勢はとても好ましい。
「私が得意とするは先の先、先程やってみせたように、相手が攻めに出る前に怒涛に討って出る」
ユクの全身のそこかしこで、いなりにしこたま竹刀でしばかれた痛みが抜群の説得力を誇っている。
「しかし、ユクさんにそれは無理です」
「…ですよねぇ」
「なので、狙うは後の先です」
ユクは自らにセンスがないからと受け取ったが、実際は違う理由である。
いなりは竹刀による稽古のあと、ユクの刀を見せてもらい驚愕した。
刀は、斬るために特化した剣である。
故に、防御に用いれば容易く折れ、砕けてしまうのだ。
剣術における後の先も、基本は敵の攻撃は刀で受けるのでなく躱す前提、いなりも基本は回避に徹し、やむを得ない際は細心の注意を払っている。
しかしユクは刀を攻撃に使わず防戦一方で、ずっと一本の刀を使い続けているという。
信じ難い話であるが、実際にその刀身を見れば、刻まれた無数の傷に、ユクの異才を納得せざるを得ない。
ユクは占い師、その生業は相手をとにかくつぶさに観察する。
そのクセが良くも悪くもユクの身体には根深く染み付いている。
いなりは知る由もないが、加えてインパスなる異才も助けになっているのだろう。
ユクは防御にあたり刀身の何処をどう使えば良いのかを、無意識に理解しているのだ。
「というわけで、残りの時間はそこをみっちり修行しましょう!」
刀での鉄壁の防御、その矛盾をユクが成し得るのであれば、そこに更に磨きをかけ、『後の先』、相手の攻撃を受けたあと、相手の体勢が崩れたタイミングでのカウンターに全てをかける。
その段においては、切れ味鋭く、片手剣の類では軽い方にあたる刀という武器は、きっとユクにとってこの上ない得物となることだろう。
続く