「ふぅむ…典型的な作りですね…故に強力だ」
その頃、ルシェンダとの挨拶も早々に、クマヤンは分析に取り掛かっていた。
ユクの残していったものの他、アンルシアの自室、メレアーデの執務室から回収された漆黒の封書を並べ、クマヤンはその一つを手にとって光にかざした後、深く吸い込まぬよう細心の注意を払いつつ塗料の臭いを確かめる。
大さそりの毒、とさかへびの生き血、がいこつの骨粉、呪いの触媒となるものは、とかく色がいかにも毒々しい。
故に直接相手に持たせねばならない場合、せめてものカモフラージュで黒に塗られることが多いのだ。
外観をじっくり調べ終わると、やはり先代の遺産の一つである金縁の鼻眼鏡を取り出して封書を見つめる。それにはレミラーマとインパスの力が付与されており、見つめた対象物のもつ呪文、または呪力効果を色で推し量ることが可能だ。
とはいえ、複数の効果が絡み合えば色はにじみや混ざりを起こす。
クマヤンの長年の経験があればこそ扱えるアイテムである。
「…やはり」
クマヤンの一挙手一投足を、ルシェンダはただじっと見守った。
逸る気持ちは山程あれど、無為に話しかけることこそ悪手と、年の功で心得ている。
「…まず、皆が消えた理由ですが、恐らくはリレミトによる転送です」
「ほう?」
クマヤンはマユミとユクが消えた際の状況、ルシェンダから説明を受けたアンルシアとメレアーデの失踪のあらましを脳内で噛み砕きつつ、封書から分かったことをブレンドし推論を組み立てていく。
「ええと…確か、ユクさん、でしたか。うちの相棒と件の女性客は、店内から忽然と姿を消しました。アンルシアさんの私室には飲みかけのまだ温かい紅茶が、メレアーデさんの執務室にも書類の上に突き立てられた判が残されたまま…うちの天井に穴が開いていないことからも、ルーラ系統による無作為転送ではない」「そうか」
室内にてルーラ転移を起こさせ、対象を高速で天井にぶつける、もしくは、遥かな空中に転移させ、衝突死、墜落死を狙うたちの悪いトラップの類ではない事に、まずは胸をなでおろす。
「対象がそれを読み上げることによりアストルティア全体をダンジョン判定させ、さらにはリレミトによる脱出ポイントを任意の座標に固定、しかる後に時限発動したリレミトで転移させる。招待状のからくりは、そんなところでしょう」
「…なるほど。呪いではあるが、それ自体には害を為す要因がない。故に検閲も潜り抜けたわけか」
レンダーシアをまとめる王族が住まう、グランゼドーラ城。
勇者姫アンルシアもまたその一員である。
ユクはともかくとして、城に届いたアンルシア宛の手紙や荷物には当然厳しいチェックが入る。
そこでこの封書が弾かれなかった理由にも納得がいくルシェンダであった。
続く